永ノ呪 4
「…それで岩ちゃん、狂犬ちゃんの髪の毛を貰ってどうするつもり?」
方丈さんの寺から帰る途中、及川が訝しげな顔で俺に訪ねてきた。俺のスポーツバッグの中には今、さっき方丈さんが京谷から無理やり毟り取ってきた奴の髪がある。まさかあんな乱暴な方法で取ってくるとは思わなかったが、それを頼んだのは他ならぬ俺なので京谷には悪いことをした。
「前にお前がオキクサマに追い掛け回されたとき、水無瀬がお前の髪を使って俺たちが囮になったことがあっただろ」
「…うん、あったね」
「つまりあの時と同じ方法を使えば、オキクサマに関係のない第三者が山に入ったとしても、オキクサマにそいつを京谷だと思わせることは可能だってことだろ」
「…やっぱり、そういうことか」
及川が深々と溜息を吐いた。何だかんだ付き合いが長いだけあって、俺が何をするつもりかとっくのとうにわかっていたんだろう。
「岩ちゃん、自分が行くつもりなんだね。オキクサマの首を掘り起こしに…」
及川の言葉に、俺は無言で頷く。
方丈さんと京谷の家系は、35歳になるまでオキクサマの呪いの影響を受けない。だからといって方丈さんは自分の息子を危険な目に遭わせることはできないし、それを強要することは俺だってしたくない。
そこで俺が思いついたのは、水無瀬が使っていたあの囮作戦を用いて、オキクサマに俺を京谷だと思いこませるという作戦だ。それなら俺がオキクサマの領域とやらに入ったとしても、オキクサマは自分の好きだった男の子孫を呪えないのだから京谷に呪いが届くことはないし、京谷がオキクサマの首に触れる必要もない。呪われるとしたら、怨念の塊だというものに直接触れた俺の方のはずだ。
「岩ちゃん、わかってる? あの時だって、オキクサマは途中で岩ちゃんたちが囮だって気づいて俺のところに来たんだよ。もし首を掘り起こす前に、岩ちゃんが狂犬ちゃんじゃないって気付かれたら…」
「わかってる。でも他に方法があんのかよ」
「……」
及川が押し黙る。試合でどんな苦境にあっても勝利の道筋に辿り着く及川のことだから、これが一番可能性のある方法だってわかってるはずだ。だがこいつが渋る理由ぐらい俺にだってわかる。試合では負けても命までは取られないが、今回は失敗したら呪い殺されて文字通り"お終い"だ。
「お前はオキクサマにツラが割れてるし、オキクサマ関係なしに呪われまくってるんだからその辺のガードがガバガバだろ。だったら俺が行くのが一番いいだろ」
「…何も岩ちゃんが行かなくたっていいじゃんか! これからインハイだって、春高だってあるんだよ!? なのにそんな危険なこと…!」
「及川、俺は多分高校でバレーを辞める」
俺がそう言うと、及川が唖然とした表情を浮かべた。特大級のバレー馬鹿のこいつのことだ、俺がバレーを辞めるなんてこと考えたこともなかったんだろう。だけど俺はいつからか、自分がプレーヤーとしてやっていけるのはここが限界なんだろうなと、漠然と感じていた。
「お前はどうせ死ぬまでバレーを辞めないだろうし、もし辞めようもんなら俺がぶっ飛ばす」
「…なんで俺のことなのに岩ちゃんにぶっ飛ばされなきゃならないのさ…」
「うるせえ。…別に辞めるからって死んでもいいとは思ってねえぞ。やりたいことも将来の夢も、山ほどある。それは水無瀬だって同じなはずだ」
俺は将来スポーツトレーナーになりたくて、その為に今のうちから色々と勉強している。どういう大学に入ればその為の勉強ができるのか調べたり、空井崇さんっていう超すげえトレーナーの人の本を読みまくったり。やりたいことをやるためにする努力は、いつだって楽しいし気持ちがいい。
だけどこのままじゃ水無瀬は、そんなことさえできなくなる。あいつにだって行きたいところ、やりたいこと、食いたいもの、見てみたいものがあるはずだ。たとえ相手が神様だろうが何だろうが、人からそれを奪う権利なんて絶対に無い。
「俺は水無瀬がこの先、どんな道を選んで、どんな奴になるのかが見たい。その為にもオキクサマにはさっさと成仏してもらって、あいつを自由にしてもらう」
「…岩ちゃんは本当にカッコいいよ。さすが俺の親友だなぁ」
「なんだその不名誉な称号は」
「待って、いくらなんでも不名誉は酷くない!?」
俺がわざと悪態をつくと、及川はいつも通りのヘラヘラした顔に戻った。俺がこうと決めたらてこでも動かないクソ頑固野郎だとわかっているんだろう。それ以上、及川が何かを言うことはなかった。
勿論、俺はオキクサマに呪い殺されるつもりなんざ毛頭もない。あの白鳥沢をぶっ倒して、インハイも春高も全国にいって優勝するという夢は健在だ。だから俺は必ず生きて、オキクサマの首を取ってきて水無瀬に渡す。そこから先はきっと、水無瀬が何とかしてくれるはずだ。
翌日、俺たちはオカ研の部室にいる水無瀬に、京谷の髪の毛を持っていった。俺が考えた作戦を水無瀬に説明すると、水無瀬は少し考えこんだのち、いつも通りの無表情でこう答えた。
「はい、可能だと思います」
その言葉に、俺は心底安堵した。実際のところ、水無瀬に「無理です」と言われたら成り立たない作戦だったし、そんなことになったら昨日あれだけ及川の前で見切り発車かました自分がアホすぎて、心底恥をかくとこだった。何より方丈さんに髪の毛を毟られて、勝手に先祖の加護とやらを利用されている京谷に申し訳なさすぎる。
「それで、夕莉ちゃんの方はどうだったの?」
「何とかじじさまに協力を取り付けました。首さえあれば、いつでもオキクサマを鎮められると思います」
「さっすが夕莉ちゃん! 相変わらず頼りになるな〜!」
水無瀬の方が担当してた清水さんの説得もどうやら上手くいったらしく、思いのほか事は順調だ。このままいけば、何百年も人々を悩ませていたオキクサマの問題が解決して、水無瀬の巫なんて役割も水無瀬で最後になるかもしれない。が、そんな希望的な雰囲気に水を差すように、呑気に活動日誌を書いていた先輩がくすくすと笑った。
「それで、どうやって掘り起こした首を清水神社まで運ぶの? いくら夕莉の力で岩泉くんを隠したところで、直に触れればその瞬間に呪いで死んじゃっても不思議じゃないよ?」
痛いところを笑いながら指摘されて、俺と及川が同時に「…あっ」と呟いた。
そうだ、首のところまで行くのはどうにかなっても、肝心の首を掘り起こして直に触れなければならないことについては、まだ対策ができていない。オキクサマの首はあの水無瀬ですら触れられないという怨念の塊で、呪いの影響を受けないという京谷ですら触れてどうなるかわからない代物だというのに。だがどうしたものかと頭を悩ませている俺と及川に対し、水無瀬はどこまでも冷静だった。
「それなのですが、岩泉さんならもしかするとオキクサマの首に触れても問題ないかもしれません。無論、一時的にですが」
「…えっ!? 夕莉ちゃん、それってどういうこと!?」
「以前、及川さんを無意識的に呪ってしまっていた人に岩泉さんが一喝したら、その人が纏っていた穢れが全て吹き飛んだことがありました。『泉』という字が姓にあることから察するに、もともとそういった禊や祓を行う才に優れる家系だったんだと思います」
「お、おう…? それはつまりどういうことだ?」
「つまり岩泉さんならば、オキクサマの首から放たれる穢れを一時的に跳ね返せるかもしれない、ということです」
思ってもみなかった俺の知られざる適性に、他ならぬ俺が一番驚いている。水無瀬が言っているのは多分、俺たちが水無瀬と知り合うきっかけになった志戸さんの事件の時のことだろう。確か水無瀬はあの時、俺が一喝したら志戸さんを覆っていた悪いものが全部吹き飛んだ、と言っていたっけ。
「ただしこれはあくまで私の予測ですし、実行するにしてもそれ相応の修練は必要です。なので無理に岩泉さんが行く必要は…」
「いや、俺が行く。水無瀬の言うことは信用できるし、その通りなら俺が行くのが一番いいだろ」
「…ありがとうございます、岩泉さん」
オキクサマの首を掘り起こしに行くのはこれからなのだから、今はまだ礼を言う必要はないのに、水無瀬は深々と俺に頭を下げてきた。この手のことは今まで水無瀬に頼りきりだったから、全くの無自覚とはいえ俺でも水無瀬の力になれるのであればそれは素直にうれしい。
「それで、それ相応の修練ってのは何だ? 体力ならそれなりに自信はあるが」
「滝行です」
「成程たき……、え?」
「毎朝1時間ほどの滝行を1ヶ月も続ければ、岩泉さんなら十分だと思います」
滝行ってまさかアレか。お坊さんが修行でやったり、芸人が罰ゲームでやったりするアレか。嘘だろ、今2月のクソ真冬だぞ。ここは東北地方の宮城県で、れっきとした北国だぞ。それを毎朝、しかも1ヶ月やる羽目になるのか。
「…そ、それ他に方法はねえのか…?」
「あるにはありますがどれも山籠もりを必要とする上に、期間も1年以上かかります。岩泉さんには部活もあることですし、滝行が一番手っ取り早いかと」
…どうやら水無瀬なりに、俺のことを考えた末の滝行というチョイスだったらしい。確かに今は4月に入ってくる新1年生が合流し始めてきてる大事な時期だし、バレーに支障を出さずに済むなら俺は大助かりではあるが…。それにしたって水無瀬の奴は毎度毎度、とんでもねえことをサラッと言ってくるな…。
いや、今はうだうだ情けないことを言ってる場合じゃない。滝行ぐらい練習前にちょちょいとやってやる。俺が行くと行ったからには男に二言は無え。
「岩ちゃん、滝行で風邪引いて、拗らせて入院とかそういうのだけ勘弁してね…。岩ちゃんは副主将でエースなんだから…」
「…最善は尽くす」
「アハハ、意外と真冬の滝行する人っているもんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ〜!」
「じゃあアンタがやってみろっつーの!!!」
他人事のように笑う先輩に腹が立って、俺は思わず怒鳴り散らしてしまった。
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