慕ノ呪1
青葉城西高校には『お菊さん』と呼ばれる女子生徒がいる。由来は『お菊人形』、ひとりでに髪の毛が伸びるという、有名な日本人形だ。そのあだ名の通り、日本人形を思わせるような長い黒髪を持っていて、夏でも学校指定のブレザーを着ており、まさにホラー漫画から出てきたような見た目をしている。『お菊さん』の存在は半ば都市伝説化していて、信憑性のない『お菊さん』に関する噂話が学校中で語られている。
曰く、1日に3回以上『お菊さん』に会うと、必ず不幸が起こるだとか。
曰く、『お菊さん』が映り込んだ写真は全て心霊写真になるだとか。
曰く、実はもう死んでいて、学校に来ているのは人間そっくりの人形だとか。
曰く、誰かに呪われた時は『お菊さん』に助けを求めれば、呪った相手を呪い殺して助けてくれるとか。
俺達は、最後の噂だけは『呪い殺す』という点でかなりの誇張があるものの、真実だと言うことを知っている。そして、学校中のほとんどに『お菊さん』というのが本名だと思われてる彼女が、本当は水無瀬夕莉という名前であることを知っている。今から話すのは、腹立たしいことに俺の幼馴染という存在であるクソ川こと及川が、またもや水無瀬に助けられた時の話だ。
及川徹という男はモテる。顔とバレー以外に取り柄がない奴だが、外面を作るのはべらぼうに上手いのでとにかくモテる。実際は『残念』の塊なんだがな。今日の昼休みも、クソ川の面の皮に騙されたいたいけな女子たちが、及川に手作りのお菓子やら差し入れやらを渡しに来ていた。
「及川くーんっ! 調理実習でカップケーキ作ったの! よかったら食べてほしいな!」
「あ、あの、及川さん…! レモンのハチミツ漬け作ってきたので、よかったら練習後にどうぞ…!」
「ありがと〜! ちゃんと全部頂くからね〜」
手を振ったり、頭を下げたりして去っていく女子を見送った後、及川は俺の元に走って戻ってくる。蹴り飛ばしてえ。
「はぁ〜…。こんなにたくさん食べたら、スマートが売りの及川さんがまん丸くなっちゃうんだけど! 筋トレの量増やすか〜」
「じゃあ断ればいいだろ、デブ川」
「まだデブってないからね! それは俺の紳士心が許さないの! 俺の為に一生懸命作ってくれたんだから!」
及川は、丁寧にラッピングされたカップケーキやら、雑貨屋で売ってそうな可愛らしい瓶に入ってるレモンのハチミツ漬けやら、その他もろもろの代物を鞄とは別に持っている手提げ袋にしまった。あまりにも大量に貰い物をされるものだから、及川が女子からのプレゼント専用に持ち始めたものだ。花巻と松川は『貢物バッグ』と呼んでいる。言い得て妙だと思う。
「…ん? あれっ、夕莉ちゃんじゃない?」
「あ?」
そう言って及川が指さした先に、前述の『お菊さん』と呼ばれる女子生徒、水無瀬夕莉の姿があった。学内掲示板の前に立ち、手に持っていたポスターらしきものを張り付けている姿を、通りすがりの生徒たちが遠巻きに指さしている。中には物珍しいのか、面白そうにスマホで写真を持っている奴もいた。当の水無瀬本人は、さして気にする様子もない。相変わらず日本人形のような黒髪に、厚着の制服姿だ。
俺が何か言うよりも先に、及川が先ほどの女子たちに向けたものと同じ笑顔を浮かべて、水無瀬のもとに駆け寄った。水無瀬は及川と俺に気付くと、丁寧に頭を下げてくる。
「夕莉ちゃん、やっほ〜!」
「こんにちは、及川さん、岩泉さん」
「おう…。珍しいな、昼休みはいつも、オカ研の部室にいるのに」
部室というのは正確には部室ではなく、オカルト研究部の活動場所である3階の多目的教室のことだ。普段の授業では使われておらず、事実上オカルト研究部の部室と化している場所で、オカルト関係の本がずらりと並んでいること以外は普通の教室だ。「教室にいるとクラスメイト達が怖がるから」と、水無瀬は昼休みはいつもオカルト研究部の部室にいる。
「先輩から、部員勧誘のポスターを貼ってくるよう頼まれたので」
「部員勧誘? っていうか、夕莉ちゃん以外に部員いたんだね、オカ研って」
「はい。ですが、私と先輩の2人しかいません。存続の危機らしいです」
「無駄に手の込んだポスターだな…」
水無瀬が掲示板に張り付けたポスターは、やけにポップな色合いの文字で『オカルトは心霊だけじゃない!』『超能力、宇宙人、超古代文明、その他もろもろ何でも歓迎!』『反オカルト、超科学、陰謀論もウェルカム!』などと書かれている。一番下には『※第1体育館の女子トイレの一番奥の個室はマジでヤバイです、興味本位で近づかないように』という、誰に向けて書かれたのかよくわからない注意書きが書かれている。どういった意味でヤバイのだろうか、簡単に想像できてしまったのでそれ以上は考えないことにした。
「…及川さん。そのバッグに入っているのは、ファンの女の子からのプレゼントですか?」
水無瀬が及川の持っている手提げ袋をじっと見ながら、及川に問いかけた。及川はアホみたいなヘラヘラした顔で頷き、わざわざ中の菓子やら何やらを取り出して水無瀬に見せる。
「うん、そうだよ〜。夕莉ちゃんも食べる? 正直、こんなにいっぱいは食べられ…」
「一番下に入ってる、ハート模様のラッピングのクッキーは食べない方がいいです。作った女の子の髪が細かく刻まれて入ってますから」
水無瀬の爆弾発言に、及川のヘラヘラとした笑顔が凍り付いた。もちろん俺の表情もだ。及川が恐る恐る手提げ袋の中に手を突っ込み、一番下にある包みを手に取った。ピンクのハート模様の透明な袋の中に、チョコチップ入りのココアクッキーが入っている。それを見た及川の顔が、サァーッと青くなっていった。
「えっ、ちょっと待って…俺こんなクッキー受け取った記憶ないんだけど…」
「及川さんに話しかける勇気がなくて、こっそり入れたのでしょう。呪いに手を出すような子は、引っ込み思案な子が多いですから」
「い、イヤーッ!!! 岩ちゃん怖いよーっ!!! 俺もうココアクッキーとか食べれないーっ!!!」
「女みてえな叫び声をあげるんじゃねえ!!」
及川が絹を裂くような叫び声をあげて俺に抱き付いてきやがったので、渾身の力を込めて思いっきり突き飛ばした。及川は「酷いよ岩ちゃん!」と抗議してきたが、件のクッキーを手にしたままだったことを思い出し、またもや叫んだ。
及川の残念なところの1つが、「心霊現象なんて非科学的なもの、まったく信じてない」などと言っているくせに、その実ビビりなところだ。学校での合宿中なんて、夜の校舎というシチュエーションが怖いのか、夜に1人でトイレに行くのすら嫌がって、怖さを紛らわすためにベニーランドのテーマソングを大声で歌うほどだ。おかげで花巻と松川が面白がって、合宿前になると及川をビビらせるために怪談話を仕入れてくるのだが、それはどうでもいいから割愛する。
「ほ、他は!? 他のは何も入ってない!?」
「他のは大丈夫そうです。…あ、そのレモンのハチミツ漬け…まあ大丈夫でしょう」
「まあって何!? 大丈夫でしょうって何!?」
「そもそも、相手に贈るものに自分の身体の一部を入れるという行為は、『相手と同化したい』『相手の一部になりたい』という想いの現れですから、特別害があるものではないです。単純に衛生的に問題があるので止めているだけなので」
「フォローになってないよ夕莉ちゃん!! むしろ怖さが増しただけだよ!!」
及川がギャンギャンと叫ぶ。うるせえとは思うが、そこまでしてくる及川のファンが末恐ろしいのは確かなので、及川のことが哀れにも思えてきた。とはいえ、もし異物混入してきた食べ物でも貰って、馬鹿正直に食べた及川が体調を崩したりすると、春高に向けて猛練習中のウチのバレー部にも影響が出るかもしれない。俺はそっと水無瀬に耳打ちした。
「及川、大丈夫だよな? また前みたいなことには…」
「大丈夫です。前回は確かな敵意から呪われていましたけど、今回のようなものはさっきも言った通り、行き過ぎた好意からですので。それに髪の毛を混ぜたぐらいでは、呪いの効力も薄いと思います」
「そ、そうか…なんか嫌な話だな…」
前に及川が志戸さんという先輩から呪われてしまった時、及川の体調は足が動かなくなるほど深刻だった。水無瀬いわく、及川は人を惹きつけやすくそれでいて繊細だから、良くも悪くも色々なものに影響されてしまうらしい。誰かからの敵意や嫉妬を集めやすい反面、誰かからの好意や憧憬も集めやすい。俺は呪いだの何だのはよくわからないが、それは確かだと思う。
「これからはファンの子たちから何か貰ったら、真っ先に夕莉ちゃんのところに来るからね! 何か入ってたら食べるの止めてね、ホントに!」
「断ればいいじゃねーか」
「だって申し訳ないじゃん! 俺の為に頑張って作ってきてくれた子もいるかもしれないんだよ?」
「恐らく、そこまで害はないと思いますが。『相手の一部になりたい』という思いが呪いの原動力である以上、呪った相手ではなく及川さんの方が優位に立っていますから」
「『呪い』とかいうホラー単語やめて!! せめて『おまじない』とか可愛らしい単語…やっぱ駄目だ怖い!!」
「うるっせえぞ、ビビリ川!!」
及川がいい加減うるせえので、一発ケツを蹴り飛ばしておいた。痛い痛いと跳ねる及川を無視して水無瀬を見ると、水無瀬は及川には聞こえないほどの声量で、ぼそりと呟いた。
「それに、本当に怖いのは、逆の方ですから」
その言葉の意味を、俺たちは後になってから知ることになった。
それから数日後、日曜日。俺や及川が所属する青城のバレー部は、青城から電車で30分ほど離れたところにある高校で練習試合を行う予定になっていた。県外に遠征に行く時なんかは、学校でバスを借りて移動するのだが、今回は近場だったので現地集合の予定だ。
俺は集合時間の20分前には到着するように家を出て、予定通りの時刻に着いた。集合場所の体育館前に到着した時には既に1年生は全員到着しており、2年生と3年生がちらほら揃っていた。
「おはようございます、岩泉さん!」
「おう、渡。おはよう」
「あれ、及川さんは一緒じゃないんですね」
「及川は岩泉と一緒に来ると思ってたけどなー」
3年生の先輩たちがケラケラと笑う。俺と及川は家が近所だから、結果として一緒に登校したり、一緒に帰ったりすることもあるが、別に進んで行動を共にしているわけじゃない。何で17歳にもなる大の男が、女子中学生みたいに『一緒に行こうね』なんて取り決めをしなきゃならねーんだ。
「あ、噂をすれば来ましたよ、及川さん」
ふと、1年生の矢巾が校門の方を指さした。青城ジャージを着た及川が、眠そうに欠伸を浮かべながら、集合場所へとのんびり歩いてくる。
「おはようございま〜す」
「おう、おはよう。珍しく別々で来たんだな」
「そうなんですよ〜! 岩ちゃんに置いてかれたから、1人さみしく電車に乗ってきたんです!」
「知るかボゲ。どうせ夜中まで試合のDVDでも見てて、それで寝坊したんだろうが」
「うっ、確かにそうなんだけど! 電車で爆睡しちゃって、思わず降り過ごすところだったけど!」
「まあ集合時間の前に来るだけお前らは偉いけどな」
先輩たちと談笑しながら、及川はボールケースの準備をしている1年生たちに挨拶に行く。その時、俺は今日初めて、及川の後ろ姿を見た。そして、あることに気付いた。
「!?」
俺は慌てて及川の元に駆け寄り、その若干寝癖交じりの頭を掴んだ。驚いた及川が「ぎゃっ!?」と叫んだが、俺は及川の後頭部、正しく言えば『後ろ髪』をじっと注視した。
「ちょっ、岩ちゃん!? どうしたの、俺なんか地雷踏んだ!?」
「及川、この髪どうした」
「え?」
「髪だ、髪。昨日、髪切ったりしたか?」
「う、ううん? 何もしてないけど?」
「なんだなんだ、どうかしたか?」
騒ぐ及川と俺の様子を疑問に思った先輩たちが、及川の背後に集まる。そして、先輩たちも及川の異変に気が付き、「うわっ」と驚きの声を洩らした。
及川の後ろ髪の一房が、遠目から見てもはっきりとわかるほど、明らかに『切り取られて』いた。及川の髪はそう長くはないとはいえ、おおよそ4〜5cmほど切り取られたようだった。何があったのかと不思議がる及川に、先輩がスマホで写真を撮って見せると、及川は叫び声こそ上げなかったものの、青ざめた顔で掠れた笑いを洩らした。人間、本当に恐ろしい時には、何故か笑ってしまうものらしい。
「えっ、ちょっ、これはダメでしょさすがに、洒落にならないでしょ」
「本当だよ、マジで洒落にならねーぞ。いつやられたかとか心当たりあるか?」
「いや、全然…。あ、でも電車で爆睡してたから、その時に切られたのかも…」
「とりあえず、今からでも駅前の交番に行って、警察に話した方がいい。監督には俺から言っておいてやるから」
「岩泉、一緒についてってやれ。なんかあったら電話しろよ」
「ハイ! …おい、大丈夫か、及川」
「全然だいじょばない…。でも試合あるから、パッと行ってパッと戻ってこよう…」
「その様子だと大丈夫そうだな、行くぞ」
どんな状況でも、及川にとって一番優先されるものはバレーだ。俺は切られた髪の毛のあたりを手で押さえる及川と一緒に、最寄り駅の前の交番へと走った。だが俺はこの時、何となく予感していた。この事件を解決できるのは警察ではなく、及川や俺ですらなく、もしかしたら水無瀬なんじゃないかと。
あれから交番に行き、事情聴取らしきものもされ、あの近辺ではパトロールが強化されることになったらしいが、及川の髪を切り取った犯人は見つからなかった。被害者である及川は最初は怖がっていたものの、練習試合に戻ってからは元のボゲナスっぷりを取り戻し、帰る頃には「あんなジグザグ頭で駅から学校まで歩いて来たとか、恥ずかしくて死ねるーっ!」などとふざけたことを言っていた。帰りに馴染みの床屋で髪を整えてもらって、「及川さんってどんな髪型でもイケメン!」などと言い始めた時は、さすがの俺もケツを蹴り飛ばさざるを得なかった。俺の心配を返せ。
とはいえ、さすがに電車で寝てる間に髪を切られたなんてこと、放っておけるはずもない。及川は嫌がっていたが、及川の父ちゃんと母ちゃんにも報告して、しばらくは俺と一緒に登下校をすることになった。女子中学生かとツッコミたいところだが仕方ない、安全には代えられないのだから。そんなこんなで、最近は及川とずっと行動を共にしている。…前とさほど変わらない気がするが、きっと気のせいだと信じたい。
「及川さーんっ! クッキー作ってみたんですけど、食べてもらえませんかー?」
「えっと、ごめんねー…実は…」
「悪いな、今バレー部全体で減量してんだ。このアホに餌付けしないでやってくれ」
「ちょっ、人を野良犬か何かみたいな言い方するのやめて!?」
あれからというものの、及川ファンからの差し入れも断るようにしている。及川は渋ったが、バレー部全員で説得して納得させた。何故ならば、及川の髪を切った犯人は、行き過ぎた及川のファンだろうという推測が最も有力だったからだ。学校外での出来事だから、もしかすると他校の人間の仕業かもしれないが、警戒するに越したことはない。この際だから、及川にもファンとの距離の置き方を学ばせることにした。今になって考えてみると、なんで俺は及川ごときにこんな神経質にならなきゃならないんだ。
そして俺と及川は、この事件のことを水無瀬にも話すことにした。及川の切られた髪の用途を考えた時、水無瀬の得意分野である『呪い』ではないかと、簡単に想像がついたからだ。及川に群がる女子たちをやり過ごし、俺と及川はオカルト研究部の部室である3階の多目的教室へと向かった。水無瀬はそこで、黙々と弁当を食べていた。
「夕莉ちゃーんっ!!」
「及川さん、岩泉さん、こんにちは。どうかしましたか?」
「どうしたもこうしたもないよ! イケメンに生まれたばかりに、及川さんの人生がハードモードなんだよ!」
「ちょっと黙ってろお前。実は、昨日このアホがえらい目にあってな…」
俺は水無瀬に日曜日にあった出来事を話した。水無瀬は律儀にも弁当を食べる手を止めて、黙って俺の話を聞いている。及川に茶々を入れられながらも俺が話し終わると、水無瀬は眉間にしわを寄せて険しい表情を浮かべた。
「それは面倒ですね」
「え!?」
「髪には魂が宿ると言われます。髪を盗られたということは、及川さんの魂の一部を取られたのと同じことです。呪いに使われたら、面倒なことになります」
「ちょちょちょ、ちょっと! そういう冗談やめてよ、またあの時みたいになるってこと!?」
「水無瀬、何とかならねえか? 前みたいに及川の髪を盗った相手を探したりとか…」
「及川さんはまだ呪われていないので、呪詛返しはできません。髪を切った相手の特徴とか、何かわかることはありませんか?」
「俺、爆睡してたんだよ!? わかんないよそんなの! むしろ何で乗客の誰も気づかないワケ!? 他人に興味を持たない冷たすぎる日本社会に絶望した!」
「お前マジで黙ってろ、でないと力ずくで黙らすぞ。まあ、無理を言ってるのはわかるんだがな…。面倒が起きる前に、不安の芽は潰しておきたい。力を貸してくれねえか?」
「…わかりました。とはいえ、今の段階では私は何もできません。なので、先輩に力を借りることにします」
「「先輩?」」
そう言うと水無瀬はブレザーのポケットから携帯電話(このご時世にガラケーだった)を取り出し、誰かに向かってラインを飛ばし始めた。俺は先輩とは誰かと聞こうと思ったのだが、及川は全く別のことを気にしだした。
「夕莉ちゃん、ケータイ持ってるの!? っていうかラインやってるの!? じゃあ及川さんともラインしようよ〜!」
「はい、いいですよ」
「いやほら、夕莉ちゃんラインやってないどころか、ケータイ自体持ってないだろうと思ってたからさ〜。はい、これ及川さんのQRコードね!」
「私だって携帯電話くらい持ってます」
先ほどまでのビビりようはどこへ行ったのか、呑気にラインのアカウント交換をしはじめた及川にイラッとした。この妙なところで発揮される切り替えの良さを、なぜ中学時代の色々と拗らせていた時期に発揮しなかったのかと、数十回ほど問いただしたい。そうこうしているうちに、水無瀬の携帯電話に、先ほどラインを飛ばした相手らしき人物から返答が来ていた。
「先輩、今すぐ来てくれるみたいです。良い人ですから、きっと協力してくれると思います」
「なあ、先輩って誰だ? 俺らも知ってる人か?」
「オカルト研究部の部長です。有名らしいので、岩泉さんも及川さんも、顔は見たことあるかもしれません」
「へー? なんて人? っていうか何年生?」
「先輩は先輩です。それ以外のことは私もわからないです」
「「は?」」
水無瀬の答えになっていない答えに、俺も及川も素っ頓狂な声を上げてしまった。どういう意味かと聞こうとしたその瞬間、凄まじい勢いでオカ研の部室の扉が開いた。
そこに現れたのは、学校指定の男女共通の半袖シャツに、これまた学校指定のジャージのズボンという格好の、男とも女とも見分けのつかない中性的な人物だった。身長は俺よりも低く、165〜170cmぐらいだろうか。男としては小柄だが、女としては大柄な方だ。その人物は一瞬俺たちの方を見ると、ニンマリと笑って水無瀬のところへ駆け寄ってきた。
「やあやあ、どうしたのさ夕莉! 夕莉直々にボクを呼んでくれるなんて、明日にでも地球滅亡しちゃうんじゃないかな!?」
「私だって必要があれば先輩を呼びます。ちょっと先輩の力を借りたいことがあって」
その外見通りの、男とも女とも取れない絶妙な声だった。水無瀬の話が正しければ有名な人らしいが、少なくとも俺は見たことがない。及川の方を見ると、及川は見覚えがあったらしく、口を開けて先輩とやらを指さしていた。
「おいクソ川、知ってんのか?」
「入学したばっかりの頃に一回だけ見た! 遠目から見て綺麗な人だったから声かけようと思ったんだけど、近づいてみたら男か女かどっちかわからなくて、結局声かけられなかったんだよね…。オカ研の部長だったんだ…」
「蹴り飛ばすぞクソ川」
そんなやり取りをしてるうちに、水無瀬は先輩とやらへの説明を終えたらしい。先輩とやらはうんうんと頷きながら、俺と及川をじろりと見つめてくる。いや、正確に言えば俺と及川の『背後』を見つめていた。何だか背筋が寒くなったような気がした。
「ふーんふん…。及川くん、君って犬とか飼ってた?」
「へ? は、はい、昔…。小学生の頃に寿命で死んじゃったんですけど…」
「なーるほどねー! どうりで!」
質問の意味がよくわからないうえ、何が『どうりで』なんだかよくわからないが、何か納得したらしい先輩とやらが水無瀬に向かって手で×マークを作る。水無瀬はしばらく考え込むと、何か思いついたらしく及川に視線を向けた。
「及川さん、あのあたりまで電車移動ってことは地下鉄ですよね?」
「う、うん、そうだよ。でもそれがどうか…」
「何車両目に乗ってたかって、わかります?」
「えーっと、ホームに降りてすぐのところだから…5車両目だったと思うけど」
「あー! あそこの5車両目ね! それなら大丈夫!」
「じゃあ放課後、さっそく行きましょう。確か月曜日は、男バレは練習休みなんですよね」
「え、えっと、それはそうなんだけど…」
「悪い水無瀬、話がさっぱりわからん。俺らにもわかるように説明してくれ」
勝手に話を進めていく水無瀬と先輩に、俺がとうとう両手を上げた。何一つ理解が追いつかないし、そもそもこの先輩の名前すら知らない。水無瀬はちっとも申し訳なさそうに見えない様子で「ああ、そうでしたね」と手を叩いた。そして、またもやとんでもない爆弾発言を放った。
「先輩はいわゆる『霊感』がとても強くて、この世のものではないものは大抵視える人なんです」
…………なるほど、わからん。俺も水無瀬のせいでその手の話にはだいぶ慣れてきたかと思ったが、その考えは甘かったらしい。及川が「ヒィッ」と叫んで俺にしがみついてきたが、今の俺にはその手を引きはがして及川のケツを蹴り飛ばすこともできそうになかった。
「いやー、昔ちょっと死にかけて、三途の川まで行ったことがあってさー! それ以来、もうビックリするぐらい色々視えるようになったんだよね!」
「それで、最初は及川さんの守護霊から犯人の特徴を聞こうと思ったんですけど、及川さんの守護霊が犬だったそうで、さすがに先輩も犬の言葉はわからないそうなので」
「えっ、ちょっと待って!? 俺の守護霊って犬なの!? どんな!?」
「えっとねー。なんかこう、大型犬で茶色くてモフモフしてる、ゴールデンレトリーバーって言うんだっけ? 首輪が赤くて、骨の形のタグがついてるよー」
「ジョ、ジョン…! 今でも俺の傍にいてくれてるんだ…!」
5年前に死んだ及川家のペットのジョン(♂)のことを思い出して、及川が涙目になっている。だが、俺もジョンの見た目も、犬種も、どんな首輪をしていたかを知っている。先輩が言っていることが出まかせだとしたら、あまりにもよくできた出まかせだ。それに、水無瀬の言うことは胡散臭い内容ではあるが、決して嘘ではない。この先輩という人物が霊感が強いというのは本当のことのようだった。
「それで、どうして及川が乗ってた電車の車両の話になるんだ?」
「ああ、それはですね…」
「あの地下鉄の5車両目にはね、通勤途中に鬱で首吊ったオジサンの霊がいてね! 死んだ今でも『仕事に行かなきゃいけない』って思い込んでて電車から降りようとしないから、及川くんが髪切られた瞬間も見てるかもしれないっていうワケなのさ!」
なるほど、で済ませてたまるか。涙ぐんでいた及川の顔が一転、またもや青ざめていった。赤くなったり青くなったり忙しい野郎だな、とか思ってる余裕すらなかった。俺もあの電車そこそこ使うんだぞ、もう使えなくなったらどうしてくれる。
「ちょっと待ってちょっと待ってーっ!! それだと俺は地縛霊のいる電車の車両でグースカ爆睡してたってワケ!? イヤーッ!!」
「大丈夫、まだ地縛霊とまではいってないから! ただ電車に乗って、降りるはずだった駅に近づくと鬱発症して首を吊るっていう瞬間を繰り返してるだけだから! それに、話してみると結構気さくなオジサンだよー」
「そういう訳なので、目撃証言を得られると思います。放課後になったら行きましょう」
「無理!! 絶対無理!! 絶対行かない!! っていうかもうあの電車乗らない!!」
いつもだったらうるせえボゲェと叫んだ一発喰らわせるのだが、さすがの俺も頭が痛くなってきた。一体なんなんだ、ウチの学校のオカ研は。…っていうか、この『先輩』とやらは何て名前で、男と女どっちなんだ。
- 4 -
[
*前
] |
シオリ
| [
次#
]
[
戻
]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -