水ノ呪1
清水神社(シミズジンジャ)
仙台市と白鳥市を隔てるようにして聳え立つ山岳、潔世山(キヨセザン)の麓に社を構える。創建年代は正確には不明となっているが、現在の清水神社という名称になったのは文久二年(一八六二)からであるとされている。
祭神は潔世大神、つまりは潔世山の神霊と考えられている神であり、古くから潔世山そのものを神と奉る山岳信仰の神社である。同じく山を神と崇める富士信仰から成る浅間神社に因んで、潔世山を『青葉浅間(セイヨウアサマ)』という俗称で呼ぶこともある。潔世山そのものをご神体としているため、かつては本殿を持たず拝殿のみが設けられていたが、後述の出来事により文久二年に本殿が建立された。
この神社が『清水神社』と名付けられる切っ掛けの出来事として語られる、『水乞いの巫女』という伝説がある。安政五年(一八五八)、この年は長きにわたる大日照りに襲われ、潔世山近辺の民は水不足に悩まされていた。そこへ一人の巫女が現れ、七日間に亘って潔世大神へ祈りを捧げると、潔世山から地下水が湧き出るようになった。これに感謝した人々はこの水をご神体と崇め、水源に井戸を建立し、これを囲うように本殿を建立した。現在、この井戸水は手水舎へとひかれ、参拝客が手水を行う為に使用している。
宮司は代々、『水乞いの巫女』の親族であったとされる清水家の者が担っており、当代の宮司は清水由澄(シミズ ヨシズミ)氏である(平成十八年現在)。
今、俺が読んでいるのは『仙台神社全集』という本だ。何年か前に発行されたものらしいが、これが一番新しいものだからと、司書さんが教えてくれた。そう、俺は今、地元で一番大きな図書館に来ている。クソうぜぇことに、退屈そうに欠伸している及川まで引き連れて。
「なんかあった?」
「おう、お前が水無瀬から貰う水、あれ神様らしいぞ」
「へ? マジで? 俺、神様を冷蔵庫に入れてたわけ?」
「いつかバチが当たるな、お前」
図書館なので小声でやり取りをしながら、俺はもう一度、清水神社について書かれている文章を読んだ。小難しい長文が世界で一番嫌いな俺なりに要約すると、清水神社は潔世山という山を神様とする神社で、大昔に水不足があった時に巫女さんが祈ったおかげで、水無瀬がいつも及川に持ってきてるあの水が湧き出るようになったと。しかし、家や学校からはまあまあ離れてるとはいえ地元なのに、あの山が『潔世山』だなんて名前だということは初めて知った。
「やっぱこういうのは地元で調べるのが一番だね。ネットじゃ全然わかんなかったもん」
「お前何もしてねえだろボゲ。この本を探したのは俺で、お前はただ司書さんをナンパしてただけだろうが」
「だって美人だったんだもん! なんというか、飾り気のない綺麗さっていうの? 夕莉ちゃんもそういう感じだよね!」
「見境なしかよ死ね」
受付カウンターにいる司書さん(確かに美人ではある)に手を振る及川の足を踏んでから、俺は本を元の場所に戻した。『郷土資料コーナー』と区分されたこのスペースには、他にも地元の神社やら仏閣やらに関する本があるが、前述の通り俺は小難しい長文が大嫌いなので、進んで調べる気にはならない。まあさっき読んだ本は、司書さんが「この本が一番詳しく書いてあると思いますよ」と言って教えてくれた本なので、これさえ読んでおけば大丈夫だろう。
「方丈さんが言ってた『コウナギ』ってのは、本に書いてあった『水乞いの巫女』のことなのかな。ってことは、水無瀬はその子孫ってことか?」
「でもさ、その巫女さんの親族は『清水』って苗字なんでしょ? 夕莉ちゃんは『清水』じゃなくて『水無瀬』だし」
「…親が離婚したとか、そういうことなんじゃねえの?」
「すっごいデリケートなところ突いていくね岩ちゃん! 俺もそう思ったけど言わなかったのに!」
「う、うるせェ! 要するに、水無瀬が大昔の巫女さんの子孫だっていう可能性は、別にゼロじゃねえだろってことだ!」
だってよ、水無瀬は巫女さんの格好で、清水神社で何とかっていう儀式をしてたんだから、それ以外に考えられねえだろ。とはいえ及川なんぞに痛いところを突かれた俺は、何とかごまかそうと足早に図書館を出た。外に出てみると、夕暮れが近いのか空が赤くなってきていた。ちなみに今日は朝から午後3時まで練習で、俺たちは練習帰りに図書館に寄って行ったというワケだ。
「っていうか、珍しいね。岩ちゃんが女の子にそんな興味持つなんて」
「……あ゛?」
「その顔コワイから! まあ夕莉ちゃんは謎だらけだし、確かに気にはなるけどさ。わざわざ図書館で郷土資料まで探したりして、普段の岩ちゃんなら考えられないよ?」
及川はこういうところだけ、無駄に察しが良い。確かに、自分でも不思議だと思う。どうして俺はこんなにも、水無瀬のことが気になるんだろうか。俺にはなぜか、水無瀬がとんでもなく重たい何かを隠しているような、そんな気さえするのだ。すると及川が、途端にくっそキモいニヤケ面を浮かべて、生ぬるい眼差しを俺に向けてきた。
「ははーん、さては岩ちゃん……」
「んだよそのツラ」
「夕莉ちゃんのことが好きになっちゃったね?」
その瞬間、俺は光の速さで及川のケツに回し蹴りをかました。蹴りを喰らった及川が「いっだぁーーーっ!!!」と情けない叫び声を上げるも、一切同情する気にならない。
「何すんのさ!? 図星突かれたからってそれはなくない!?」
「図星じゃねえわ!! 何でもかんでも恋愛沙汰に話を持って行こうとするんじゃねえよ、小学生女子かお前は!!」
「じゃあ岩ちゃんは夕莉ちゃんのことキライなワケ!?」
「き…嫌いではねえよ! むしろ人間的には好きな方だが、かと言ってそういう話じゃねえって言ってんだよボゲ!」
「結局好きなんじゃん! 第一、俺は一回も『恋愛的に好き』だなんて言ってないし! 俺に暴力振ったのも、夕莉ちゃんのこと女の子として意識してる証拠でしょ、このムッツリ!」
「てめぇもう一回蹴られてえのかクソ川!」
我ながらアホくさい口論を及川としているうちに、俺は何の目的があって図書館まで来たのか忘れてしまった。
あの後、及川と一通り口喧嘩をしてから別れ、俺は家に帰ってきた。晩飯を食ってる最中、及川と言い合いをしたという話をすると、親父がやけに大丈夫かと心配していた。あの程度のことはほぼ毎日あるから、別にどちらが謝るわけでもなく、翌日には忘れているので心配ないと話すと、安心したようだった。
「あぁ、そういえば。一、来週の日曜日に法事あるの、覚えてるよな?」
「法事? 何の?」
「お祖母ちゃんの三回忌よ。この間、話したでしょ? ほんと人の話をちゃんと聞かないんだから」
お袋が呆れたようにそう言って、ようやく俺は思い出した。確か数日前、お袋からそんな話を聞かされた様な気がするが、飯に夢中になっていたので聞き流してしまっていた。祖母ちゃんというのは、3年前に脳梗塞で亡くなった、俺の父方の祖母のことだ。生きてた頃は和久南に祖父ちゃんと2人で暮らしていたが、若い頃は俺が今住んでいるこの辺りで暮らしていたと、前に聞いたことがあった。
「和恵伯母さんも来るんだから、ちゃんと予定開けておけよ」
「ゲッ……」
「『ゲッ』とか言わないの! 失礼でしょ!」
和恵伯母さんとは、3年前に死んだ祖母ちゃんの姉、つまり俺の大伯母にあたる人だ。伯母さんも、もともとはこの辺に住んでいたらしいが、結婚を機に今は東京で暮らしている。ところがこのババア、自称『都会人』の嫌味なババアで、顔を合わせる度に俺を『田舎っぽい芋顔』と馬鹿にしてくるので、俺はこの大伯母のことが大の苦手である。
「まさかウチに泊まったりしねえよな?」
「大丈夫だろ、伯母さんはこの辺りが嫌いだから。祖母さんの葬式の時も、告別式が終わったらすぐに帰っていったし」
「日帰りだと食事の準備とかしなくて済むし、楽でいいわぁ」
自称都会人の和恵伯母さんはこの辺り、つまりは青葉区のことを田舎だからと毛嫌いしているようで、昔から用事が住めばすぐに東京へと帰っていく。そもそも滅多なことでは宮城までわざわざ来ないし、顔を合わせること自体かなり稀だった。それにも関わらず俺からすると悪印象しかないということは、余程嫌なババアなんだということが察せるだろう。実際、嫌なババアなんだ。
「法事は方丈さんのお寺で、昼の1時だからね。ちゃんと監督さんに話つけておいてよ」
「ああ、来週の日曜日は午前練だけだから、12時半には終わるし大丈夫だよ」
「遅刻なんかしたら伯母さんがうるさいからな、急いでくれよ」
「わかってるって。そんなことになったら、方丈さんにも嫌味言われそうだしな」
和恵伯母さんと同じくらい、いやそれ以上に嫌味な方丈さんのことを考えると、なんとしても間に合わせなければ。今からダッシュトレーニングでもしておくかと、俺はそんなことを思った。
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