▼ 殺し屋探偵×名探偵コナン
イタリア、ミラノの小さなバー。依頼の受け渡しを終えたメルは、この後さしたる用事もないことを良いことに、煙草を燻らせながら注文したマティーニを待っていた。最近、ボンゴレ絡みの仕事が多かったせいか、酒を楽しむ時間もろくになかったのだ。友人のローザは仕事でニューヨークに飛んでおり、行きつけの店も今日は休みである。従って1人で酒を楽しむより他ない。
「スクアーロ君が暇なら誘ったのにな」
ふと脳裏に浮かんだ友人のような腐れ縁のような男も、確証はないが恐らくは仕事中だろう。最近、ボンゴレの周囲できな臭い出来事が増えてきている。その陰にいるのは敵対するロシアンマフィアのキーテジか、はたまた内部の不穏分子か、それとも全くのダークホースの第三者か。いずれにせよ、フリーの身であるメルには関係のないことだ。そんなことを思いながら煙草の灰を灰皿に落とすと、扉が開く音が聞こえた。入り口を見たマスターが、ふと眉を寄せる。
「…ご注文は『ジン』と『ウォッカ』かい?」
「フン、くだらない冗談だ。俺はいらん、お前は好きにしろ」
「へへっ、ありがとうございやす、兄貴! それじゃあ黒ビールを一杯」
ああ、めんどくさいーーー
聞き覚えのある声にメルは辟易とした。マティーニが出てくるのも待たず店を後にしようとするも、隣の席に黒ずくめの男が座り、腕を掴まれた。
「よう、『探偵』」
「…何か用、悪いけど安酒に興味はないんだよね」
「てめぇ、兄貴に向かって何て口を聞きやがんだ!!」
「ウォッカ、酒ぐらい静かに飲め。フン、相変わらず減らず口の多い女だ。まあ飲めよ、俺の奢りだ」
男の名前はジン、メルにとっては『安酒』扱いだが、ある組織の幹部の座にある裏社会の大物だ。その傍らに控えるウォッカも組織の一員で、これまたメルにとっては安酒扱いだ。そのような扱いをするには理由がある。
「いい加減、『あの方』からのラブコールを受け取ってもいいんじゃないのか。処女じゃないんだ、そちらの方が利口だと思うがな」
「何度言われようと、私が組織に加わることはない。フリーが性にあってるの、ローザにも同じことを言われたんでしょう」
「ミス・ヘイへは惜しい駒だったが、うちにも優秀なスナイパーはいるんでね」
メルはジンやウォッカの所属する組織のボスである『あの方』と呼ばれる者から、熱心に勧誘を受けていた。あいにく、メル本人にその意思はなく、黒の組織関係の依頼は全て断るほどに敬遠している。ここまで拒絶の意思を見せれば諦めるか、はたまた怒りを買って抹殺されるかぐらいの扱いは受けそうなものだが、それもない。
「顔も名前も目的も明かさない酒屋の大将なんぞに、なんで私が忠誠を誓わなきゃならないの」
「そんなことが気にならないほどの見返りの話をしたはずだがな」
「政治家でも、もっとマシなアピールができるね。…マスター、マティーニはまだ?」
苛々を押し隠しながらマスターに視線を向けると、向こうも嫌そうな表情を浮かべながらマティーニの入ったグラスを差し出してきた。黒の組織と積極的に関わろうとする者は、裏社会でも滅多にいない。こういう時だけ、マフィアとは思えないお人好しどもの集団であるボンゴレが恋しくなる。メルはマティーニを一気に飲み干し、グラスを叩きつけるように置いて立ち上がった。
「お代、ここに置いておくから。それじゃあ、失礼」
「待て、探偵」
「…なに」
「依頼がある。こいつの居所を探せ」
そう言ってジンが差し出したのは、東洋人らしき女の写真だった。メルは写真は受け取らず、一瞥だけする。
「組織の構成員だ。コードネームはシェリー、本名は宮野志保」
「知らない訳じゃないでしょう。私はあんたたちの組織絡みの仕事は一切引き受けない」
「てめぇいい加減にしろよ、無理やり『Si』と言わせてもいいんだぜ!!」
「黙れウォッカ。こっちは切羽詰まってるんだ、頼みぐらい聞いてくれたっていいだろう」
「…頼み、ね」
高圧的な物言いをしておきながら『頼み』などというジンに呆れつつ、メルは写真を奪って写っている女を見つめる。
「日本にいる」
「何故だ?」
「名前から察するに日本人なんでしょう。だったら日本が一番潜伏しやすい。それだけ」
「それぐらい俺たちにだってわかる」
「私をずいぶん買い被ってるね。私なんてこの程度のものだよ、こんな奴は組織にいらないでしょう」
写真を投げ捨て、メルは店の出口に向かった。睨みを利かせるジンとウォッカの視線も気にせず、呟くように言い捨てる。
「あんたたちが相手する『探偵』は、私じゃなくて別にいるってことだよ」
そのまま扉を乱暴に閉め、メルは店を後にした。
「どういう意味ですかね?」
「単純に『他を当たれ』ってことだろうよ。…強情な女だ、まあ害がないだけ良しとするか」
「けど兄貴、『あの方』になんて報告すれば…」
「簡単だ。『あなたがアマレットと名付けたがった女はすこし苦いどころじゃ済まなかった』とでも言えばいい」
「へへっ、兄貴も上手いこと言いますね」
残されたマティーニのグラスを叩き割り、ジンは締め切られた扉を睨みつけた。
アマレット=イタリア語で『すこし苦いもの』という意味の酒。
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