辻と二宮 ボツ


まったく纏められなかったし、何が書きたかったかもわからないのでボツ
※辻ちゃんがおかしい










  辻新之助は女性が苦手である。それはボーダー内において周知の事実であり、言うまでもない。ランク戦で那須隊と当たった際に、熊谷さんになすすべもなく落とされた姿を見せてしまったのだから、広まってもしょうがない。それは俺自身の落ち度だった。
 しかし俺は、女性が苦手というだけで別に嫌いなわけではなかった。顔立ちを整っている同級生の女子を「可愛い」と思うこともあるし、自分に優しくしてくれるタイプの女性と「付き合いたい」と思ったことだってあるし、そこらへんの男子高校生らしく「モテたい」という欲が少しばかりある。ただ、女性と話すのが苦手なだけ。それだけのことで随分と女性に、恋愛に疎く縁遠くなってしまった。
 そして俺は気付けば、気になる異性ができても勘違いだと思うようになった。自分は女性が苦手だから、気になるなんてことはない。彼女はただ優しくしてくれただけで、そして自分はそれに恩義を感じているだけ──生まれたばかりの芽を摘むように、恋心を潰して自分の中で完結させる作業を、何年行ってきたのだろう。もはやルーティンの如く手慣れてしまった頃に、彼女と出会えたのはもはや奇跡というほかない。

「お邪魔します」
「……ノックぐらいしろ」
「えへへ、ごめんって……これ、言ってたやつね」

 二宮隊の作戦室に訪れた彼女は、相変わらずゆるやかな笑みを浮かべ、そして相変わらず二宮さんの元へと真っすぐに向かった。二、三言会話を交わし、手元にあった用紙を渡す。その紙は大学のレジュメだったり、トリガーの研究結果だったりするのだが、別に二宮さんに渡さなくてもいいだろうというものも紛れていたりする。しかし二宮さんは、いつも彼女から受け取った紙をペラペラと捲り、彼女に何か言うことを忘れない。大学のレジュメだったら感謝の言葉と講義内容について。トリガーの研究結果であれば呆れたような言葉と、やはり研究内容について。俺は二宮隊に入って長いが、二宮さんがこんなにも饒舌になるのは鳩原さんについてか、彼女──なまえさんについてぐらいだと思う。

「試験内容のこと、何か言ってたか?」
「うーん……とくには何も。あの教授あんまり試験の話しないよね」
「過去問を貰うしかないか」
「そうだねぇ……たしか風間さんが去年受けてたって言ってたような気がする。声かけてみようか?」
「いやいい。俺が連絡しておく」

 なまえさんは呑気に「そう?じゃあお願いね〜」と返事をしたが、それが二宮さんの策だと言うことに気づいていないのだろうか。なまえさんを誰かに取られたくないという二宮さんの思惑に俺だけが気づいていて、それに対して腹の底にドス黒いものが溜まっていく。そしてそれに気づくのは、二宮さんだけだ。なまえさんはいつまで経っても、人の裏なんて知らないまま。そんな風だから、二宮さんにつけ込まれるんだ。
 なまえさんはそれ以外に特に用事はなかったようで、あっさりと作戦室から出て行ってしまった。同じ部屋にいる俺たちに「お邪魔してごめんね」と軽く笑って、二宮さんに対しては馴れ馴れしく「また来るね」と言っていた。二宮さんはそんな彼女の背中に「今度はノックしてから入れよ」とぶっきらぼうに投げかける。太刀川さん相手だったら「もう来るな」ぐらい言いそうなものだが、二宮さんはなまえさんにそういうことを言わない。"今度"や"また"という言葉を許容して、なまえさん同様馴れ馴れしく強請っている。
 そんな彼らをじっとりと見つめていると、目の前に座っていた犬飼先輩がこそこそと俺に話しかけてきた。

「仲良しだよね、あの二人」
「え?……ああ、そうですね」

 それはすごく今更なことだった。

「まあなまえさんみたいな幼馴染だったら、あの二宮さんがああいう態度になるのもわからなくはないよね」

 それも今更である。

「知ってる?なまえさんと二宮さんって、小学校から一緒なんだって。それで今は大学も一緒、ボーダーも一緒。なんかすごいよねぇ」
「……へぇ」

 それも知っているが、なぜこの人は今更そんなことを言うのだろう。

「そんな風だから、お互いがお互いのこと特別なんだろうなー」
「は?」
「え?」
「あ、いえ……」

 不意に出た言葉があまりにも冷ややかだったせいか、犬飼先輩の笑みですら崩れた。危ない、危ない。一度犬飼先輩から視線を外して、もう一度二宮さんを見る。なまえさんから受け取ったレジュメを見て、表情をわずかに緩ませる彼を見るたびに、ドス黒いものが湧き上がってくる。俺はそれを止める術を知らないから、目や口から自然と湧き出てきてしまう。きっと犬飼先輩にはもう気付かれているのだろう。
 犬飼先輩はいつもの笑みで、二宮さんのように脚を組む。その態度と彼の言葉が、俺の琴線に触れた。

「あそこに入り込む隙なんて、俺たちにはないよ」

 ふつふつと湧き上がる感情はおそらく怒りだ。頭に血が昇ってかっと熱くなる。目の奥がチカチカと白く点滅するぐらいの怒りを、俺は覚えたことはない。そもそも人に怒ったことなど、今まででどれくらいあったのだろう。
 ああそうだ、怒ったことならあった。あれは確か鳩原先輩がいなくなった日。トリガーを横流しして一般人とともに失踪したという鳩原先輩にも、たしか俺は怒りのような感情を抱いていた。でもそこには裏切られたという悲しみや虚しさもあって、怒りだけではなかったと思う。じゃあなぜ、あの日俺が確かに怒ったのかというと──二宮さんとなまえさんに起因したものだった。

──鳩原が……違反行為を犯して、それで……。
──理由はわからない。何故そんなことをしたのか、俺にだってわからない。
──何もわからない、何も……アイツが馬鹿なことをしやがったということだけがわかる。そして、俺がそれを止められる隊長ではなかったということも。

 二宮さんは、俺たちに弱音を吐かない。というより、二宮さん本人が弱音というものとは縁遠かったはずだ。きっと誰に対したってそんなことを言うわけがないのだ。なかったはずだった。
 でもその日、二宮さんが縋ったのはなまえさんだった。胸を借りていたわけでも、泣きついていたわけでもない。淡々と話す様子はいつもと変わらず、二人の距離感も変わらない。並んで自販機の隣のベンチに座ってる姿は、時たま見かける光景だ。

──それは、辛かったね。

 なまえさんはひとことそう言って、それ以上何も言わなかった。二宮さんも何も言わず、鳩原先輩についてそれ以上なまえさんに教えることはなくて。
 ただ俺は、見てしまった、目撃してしまった。何も言わない、距離感も変わらない二人の指が、少しだけ触れ合っている。たったそれだけのこと。二宮さんはそのまま彼女の柔らかな、白魚のような手と言って差し支えないその手を撫でた。指を一本一本絡め取って、形を確認するように、体温を分けてくれと希うように手を動かす。それは恋人同士のキスや、セックスと変わりないように思えた。



 作戦室を飛び出したのは失敗だったかもしれない。あからさまに怒ってますよ、と表してしまったように思え(実際そうである)、大人気ないことをしたと後悔した。しかし先に仕掛けてきたのは犬飼先輩だから、気にかける必要もないのかもしれない。
 そうして行き場もなく歩いていれば、辿り着いたのは例の自販機だった。ここは人通りが少ない。というのも、この先にあるのは開発部の研究室で、多くの隊員はここに訪れる理由がないからであった。

「あれ、辻くんだ」

 ──逆に言うと、開発部の人はよくここに訪れると言うわけで。

「っ、……ぁ、なまえ、さん……」

 なまえさんは俺の姿を見かけると、笑顔で俺に駆け寄った。しかし、二宮さんに向けるものとは少し違う。俺にはわかるけど、二宮さんやなまえさんは気付いているのだろうか。

「どうしたの、こんなところで」
「あ、……えっと、」
「トリガーに何か不備でもあった?」
「い、い、え、特に、そういった……ことは……」

 なまえさんは俺が吃っても気にしない人だ。揶揄うでもないし、変に気を遣うでもない。ただ少しだけ、俺から距離を取る。ぐいぐい来ない。俺が手を伸ばしても触れられない距離に彼女は位置取る。それが俺には心地よい。しかし心地よさを感じていても、緊張の方が勝って態度に出てしまう。

「トリガーのことで何か気がかりなことがあればすぐに相談してね。私じゃなくて寺島さんに声かけてもいいし。それか、匡貴く、……二宮くん経由でもいいから」

 なまえさんは二宮さんのことを下の名前で呼ぶが、俺たちの前では苗字で呼ぶ。それが彼女なりのけじめらしい。しかし二宮さん本人はそれが気に食わないようで「その呼び方は気持ち悪い」と言っていた。それを聞いた加古さんは、なんとも言えない笑みを浮かべていた。

「そうだ、辻くんも何か飲む?」

 そう言って自販機を指差す彼女の手を見て──俺は一歩踏み出して、その手を握った。柔らかい。柔らかくて、暖かい。白魚のような手。指の一本一本の形を確認するように撫でて握りしめる。少し浮き出た骨の細さにぞっとすると同時に、庇護欲がそそられた。あの日、二宮さんがああしていた理由が少しわかった、気がした。

「つ、辻くん、なにして……」

 なまえさんはあり得ないようなものを見たとでも言いたげな表情をしていた。そこには照れなんてない。いつもの表情が崩れ去って、瞳から"困惑"がひしひしと伝わってくる。女性が苦手だったはずの俺が手を握ってきたのだから、そう思うのも無理はない。

「二宮さんは、」
「え?」
「二宮さんは、特別ですか」

 吃ることなくすらすらと出た言葉だったのに、なまえさんは意味がわからなかったようで、俺は同じ言葉をもう一度尋ねる。しかしなまえさんは何も言わない。二宮さんは特別ですか。なまえさんが何かを言い出すまで、俺は同じ言葉を繰り返した。

「特別……が、辻くんにとってどういう意味を持つのかわからないけど、」
「……」
「匡貴くんとはずっと一緒にいたから、他の人よりその分、思い出があって、情があって……だから、その、特別って言ってもいいのかもしれない……けど」
「じゃあ俺も、一緒にいればいいですか」
「えっと、」
「二宮さんよりずっと一緒にいれば、俺はなまえさんの特別になれるんですか?」
「それは……」

 その続きをなまえさんは口にしない。
 目の奥がチカチカした。頭が熱くなって、ぼうっとする。俺はいったい、何に怒っているんだろう。

「それは、なんですか?」
「違う、かもしれない……辻くんがこれから私と一緒にいたとして、君に対する特別と匡貴くんに対する特別は、違うと思う……」

 なまえさんの手を握る手に思わず力が篭る。違う、らしい。なまえさんの中で俺と二宮さんは違う。でもきっと、二宮さんとなまえさんの特別は一緒なんだろう。だってそうじゃなければ、あの時、なまえさんも 二宮さんの手を握り返す・・・・・・・・・・・ ことなんてなかった。
 それでも、俺と二宮さんの何が違うと言うのだろう。俺の特別は、きっと二宮さんと変わらない。この人と一緒にいたい。触れたい。なまえさんは他の女の人とは違うんだ。その笑顔を俺に向けてほしい。軽口を叩き合いたい。触れたい。もっと一緒にいたい。弱いところを見せても許されたい。二宮さんのように許されたい、許されたかった。女性が苦手でも、なまえさんならそれを許してくれたから。だから俺の全てを、握り潰されようとしてた恋心を、許されたくて、それで……。
 なまえさんをじっと見つめれば、彼女は小さく震えていた。二宮さんに向けるものとは違う目で俺を見て、口角は上がっていない。手は握り返されることもなく固く閉ざされ、小さく縮こまっている。たぶん、二宮さんには絶対に見せない姿だった。

「お、俺も、入り込ませて、ほしい……」
「……」
「なまえさんが、二宮さんしか見てないのは知ってる……けど、俺だって、あなたの特別になりたかった……」

 握っていた手を離すと、ぽろぽろと涙が溢れる。俺の中にある黒いものはやはり目や口から溢れ出すだけだ。





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