類は友を呼ぶ


 ──兎山ルミと公星なまえは親友である。
 私たちを知る人は、私たちのことをそう言う。ルミちゃんは「親友?なんだそれ」と言いそうだし、正直私はそうとは思わない。親友とかいうカテゴリーに所属するには、私たちの関係は当たり前になりすぎてしまっている。私たちの関係をあえて言うなら「腐れ縁、幼馴染」の方が相応しい。
 遡れば生まれた時から一緒なのだ。同じ日に同じ病院で生まれ、家が近かったため一緒に育った。兎とハムスターという同じ動物の異形型個性だったのも偶然というにはあまりにも出来すぎている。両親同士の仲も良かったし、家族ぐるみの付き合いだってある。彼女はもう忘れてしまったのだろうけど、小さい頃はよく、ルミちゃんと一緒にお風呂に入ったものだった。確かにこれだけ聞くと、親友のように聞こえるかもしれない。
 しかし決定的に違うところがあるとするなら、私たちの性格だった。

「私に勝とうなんざ100年早い!」
「くっそーー!覚えてろよ!ウサギ女!」

 走って逃げていく男の子たちにベーっとルミちゃんは舌を出して、手をひらひらと振る。私はというと対照的に、べそべそと泣いてルミちゃんの後ろに蹲っていた。自分でもわかるくらい耳を下にペタンと倒し、顔をゴシゴシと擦って地面を見つめた。
 小学生になって、私たちの性格の違いは顕著になった。ルミちゃんは男勝りで喧嘩っ早い。悪くいえば粗暴な性格であったのだが、それでも正義感に満ち溢れていて、よくいじめっ子を蹴散らせていた。
 対して私はいつも誰かに泣かされている。人より身体が小さいことと、臆病な性格、そして友達がいないこともあってよくいじめっ子のターゲットにされていた。小さい頃から社会というのはできている、と大人になった今なら思う。大人だって窮屈だけど、学校以外のコミュニティーがない子供の頃の方が窮屈だった。しかし子供は、世界の広さを知らないから世界が狭いことに気づけない。ずっとこうしていじめられるんだと絶望し、でもそれを打開する術は子供の私にはなかった。
 しかし、そんな風にいじめられて泣いている私を助けるのは、いつもルミちゃんの役目であった。

「泣くなよなまえ、弱っちぃな」
「ぁ、ぅ、ありがとう…ルミちゃん……ぅ、」
「そうやって泣いてばっかだからいじめられるんだぞ」
「うぅ、うん……ごめんなさい……ぐずっ」
「ほらまた泣く!」

 ルミちゃんは私の手を掴んで、そのまま無理やり立ち上がらせる。びっくりして涙が少し引っ込んだが、それでも泣き止むことはなかった。溢れ出した涙を止めることはできない。

「悪い奴は私が蹴散らす!なのになんでなまえは泣くんだよ!」
「だ、だって……ルミちゃんに、私迷惑ばっかかけて……」
「メーワク」
「いつも、ルミちゃんは私のこと助けてくれるのに……わたし、わたしは、ルミちゃんに何にもお返しできてなくて、」
「……」
「お友達なのに、ルミちゃんにわたし、なにもできないの、わたしは、それがすごく悲しくて、」

 ハムスターというのは元々弱い生き物で、それは個性となっても変わらなかった。小さいから敵に狙われやすい、かつ短命な存在。遠い昔に人間の手で生み出された生物らしく、誰かの助けなしには生きていくのは困難だったのだという。だからって、ハムスターの個性を持つ自分までもが、誰かの助けなしに生きていけないなんてことはあって欲しくなかった。それでも、私はルミちゃんに助けてもらえなければ生きていけないのが現実だった。

「私は私の力だけで十分だ」
「えっ」
「なまえの力なんて求めてない。なまえは弱っちぃし」
「……ぅ、うぅ……」
「また泣く!」

 ルミちゃんの言葉に傷ついた。自分でわかっていたことだったが、それでもルミちゃん本人に言われたとなれば傷は大きいものである。彼女の言葉にまた涙がさらに溢れてきたが、今度はルミちゃんが私の顔を乱暴に拭った。

「でも私、難しいことはわかんねぇ」
「う、ぅ、ルミちゃん、馬鹿だもんね……」
「泣かされたいのか」

 小さいころから、ルミちゃんのおつむはそんなに良くない。ルミちゃんは頭を使うより身体を動かすことのほうが好きなせいか、勉強が嫌いだった。そしてその代わりと言っていいのかわからないが、私は勉強が好きだった。最近はクラスで1番の点数を取ったし、それ以来、いつもルミちゃんは私の宿題を写させろと言ってくる。

「だから私がヒーローになったとき、頭使うことはお前に全部やらせる!」
「えっわたし、お花屋さんになりたいのに……」
「花屋なんて私は行かねぇ」
「えぇ……?ルミちゃん来なくても花屋にはなれるよ?」
「それに、なまえがそういうのやってくれたら私が助かる!」
「ルミちゃん、オーボーっていうんだよ、そういうの」

 ルミちゃんに難しい言葉はわからなかったが、悪口を言われてるというのはわかったらしい。ムッとした顔でルミちゃんはめいいっぱい私の口を引っ張る。個性柄、頬袋にいっぱいものを詰められる私の頬は柔らかく、よく伸びた。

「なまえは弱っちぃから、私が守らないといけないだろ」
「い、いひゃいよふみひゃん……」
「ずっと隣にいたら、私がずっとなまえを守れる」
「……」
「それに、私のスピードについてこれるのも、なまえだけだ」

 兎の個性を持ったルミちゃんは速い。彼女がいればクラス対抗リレーは勝ったも同然である。そして、ハムスターの個性を持つ私もまた、ルミちゃんほどではないが走るのが得意だった。家で暇さえあれば回し車を走らせているからか、体力もクラスの中ではそれなりにある方だ。脚の速いルミちゃんに追いつけるのは、クラスで私だけと言っても過言ではない。

「……ルミちゃんの無理難題に耐えれるのも、私だけだもんね」
「だから泣かすぞ」
「だって本当じゃない」

 ルミちゃんの手を握る。小学生ながらにかなり鍛えているルミちゃんは、手だって大きい。女の子なのに自分より大きくて、クラスの男の子よりうんとたくましい。私はルミちゃんの手が大好きだ。暖かくて、いつも自分のことを守ってくれる。
 オールマイトもエンデヴァーもすごいヒーローだが、私のヒーローはたしかにルミちゃんだった──ずっと、昔から。

「わたし、ずっとルミちゃんの隣にいる」

 お前の力なんていらないなんてショックだったけど、結局のところ、それはルミちゃんの口下手な慰めであることを私は最初からわかっていたのだ。





「ハム子、あの鳥なんだって?」
「チームアップ要請です。ホークスは速すぎると有名でしょう?ミルコさんなら自分についてこれるかもって」
「ふーん」
「それにホークスはスピードと器用さ、頭脳こそあれど、パワープレイは苦手ですから。補い合いたいのでしょう」
「誰の頭脳がないって?」
「イタタタ」

 私が目を逸らすと、大きな手で私の頬を伸ばす。ルミちゃんはいつもなら細かいことは気にしないというのに、たまに変なところに気づく。たぶん動物の本能だ。馬鹿にされたと察知したらしい。

「ゴホン。で、どうしますか、ミルコさん」
「鳥に言っておけ!わたし一人で片付けるってな」
「……りょーかいです」

 ホークスにメールしようと思い、すぐに仕事用の携帯を取り出した。本当は仕事のメールくらいゆっくり落ち着いてパソコンで打ちたいが、そうも言ってられないのがヒーローである。
 ミルコさんの言ったことを噛み砕いて、失礼のない文章をつくる。こういうのは、ミルコさんにはできないことなのだ。やる気がないとも言える。
 ただ隣にいてくれれば良い、だなんて昔の彼女言ったが、実際はめんどくさいことを全て押し付けてくるのだ。隣にいればいいとか嘘だ、絶対。

「今日の仕事おわり!飯行くぞ、なまえ」
「ミルコさん!今日は警察の方にお話に行くって言ったじゃありませんか!」
「明日な!野菜が美味い店あるんだ」
「もうっ!昨日もそう言った!」
「早くこないと置いてくからな」
「〜〜っ!!ルミちゃんのバカ!!」

 私が耳を立てて怒っていても、自分が行くぞと言えばついてくる──ルミちゃんはそう信じて疑わない。事実そうだし、ルミちゃんがそう思ってることを私は知ったうえでそうしてるのだ。
 お互いヒーローだから、いつだって死ぬ覚悟はできている。でも、できることならこうして明日も一緒に歩いていたいと思うぐらいは許して欲しい。そう思って彼女の後を追いかけた。


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