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- ナノ -
『紬くん!ごめん待った?』
「ううん、俺もさっき来たところだよ」

 紬くんは大学生の時に知り合ってそこから付き合っている。付き合い始めて早数年、彼は今MANKAIカンパニーという劇団で日々芝居に取り組んでいるようだ。今日はそんな二人の休みが重なったので、水族館に来ている。
 いつの間にか紬くんが私の分の入場券も買っていたようで私は慌てて財布を取り出すがやんわりと、しかしきっぱりと断られてしまった。普段の紬くんはとてもおっとりしていて優しい人だけど、たまにこういうところがある。私は渋々財布をしまうと、昼食代は私が先に出そうと心に誓った。

 水族館の中に入ると薄暗い館内に明るく光る水槽たちが真っ先に目に入って来た。

『わぁ、綺麗…』
「クラゲがこんなにたくさん…なんだかすごく幻想的だね」
『そうだね…あっクラゲのここ、なんだか四葉のクローバーみたいじゃない?』
「え?本当だ…!」

 他の大きい水槽の前まで移動するとたくさんの小魚たちが群れをなして泳いでいる。水槽から少し離れたベンチに2人並んで腰掛ける。今日は平日ということもあってかお客さんが少ない。そのためとてものんびり見て回ることができた。

「ちょっと休憩しようか、あそこの隣接しているカフェでもどうかな?」
『うん、私もちょうど休みたいと思ってた』

 注文をして空いていた席に座る。紬くんはコーヒーと水族館の名物のソフトクリーム、私は紅茶と同じくソフトクリームを頼んだ。

『このソフトクリームおいしい!』
「本当に美味しいね」

 そう言って美味しそうに食べる彼の横顔を見て私はあることに気づいてしまった。紬くんの鼻にソフトクリームが付いている…。紬くんは全く気づいていないようで、今もニコニコしながらソフトクリームを頬張っている。その様子を見ているとなんだかおかしくなってきた私は彼にバレないようこっそりクスクス笑った。

「…? どうかしたの?」

 しかしそんな私の笑い声に紬くんはすぐに気づいた。こっちを向いた彼の顔、主に鼻の方に目がいってしまい笑いが止まらなくなった。本当はすぐに教えた方がいいと思うのだけれど、なんだかだんだん紬くんが可愛く見えてしまったのでもうちょっとだけ黙っていようと思った。

『フフッ……ううん、何でもないの…フッ』
「えぇ、絶対なにかあるでしょ…?俺の顔になにか付いてる?」

 ようやく気づき始めた紬くんに、私は自分の鼻先を人差し指でちょいちょいと指さして見せた。すると紬くんは少し寄り目になると、ようやく自分の顔事情に気づいたようで頬を一気に赤らめた。私はまた少し笑いながら紬くんにティシュを差し出すと、照れながらありがとうとお礼を言って2.3枚取った。

「…笑ってないで、すぐ教えてほしかったな」
『ごめんごめん……なんだかこういうの久しぶりだね』
「そうかな…?」

 私がポツリと呟くと紬くんが不思議そうな顔をする。

『うん、なんか学生の頃の戻ったみたい』
「そういえばそうだね、学生の頃はお互いに忙しかったけど空いた時間で会うのが本当に楽しかったな…」
『…今の紬くん、あの頃みたいに楽しそう』
「え?」

 紬くんが楽しそうに学生演劇をしているのを見るのが本当に好きだった。芝居に対して真剣だということが素人の私にも痛いほどわかったし、そんな真剣な紬くんがとてもかっこよかった。だけど…

『…公務員になって、舞台とは疎遠になった頃の紬くん…なんだか無理しているように見えてつらかった。紬くんが私に心配かけないように振舞っていたのはわかっていたから下手に無理しないでとか言えなかったし、芝居のことなにもわからな私に声かけられても…とか考えてた』
「……名前ちゃん」
『っでも、今の劇団に入ってまた高遠くんと一緒になって他の劇団員の人たちと舞台に立つ紬くんを見て、やっぱり紬くんには舞台の上が似合ってるって思った…うまく言えないけど…』

 少し冷めてしまった紅茶を見つめながら突然話し出した私の言葉をさえぎることなく、紬くんは真剣な顔をして聞いてくれていた。

「…名前ちゃんが俺のこと色々悩んでくれていたなんて知らなかった」
『……ごめんね、さっきまで楽しい話してたのに急にめんどくさいこと言い出しちゃって』
「ううん全然、むしろ嬉しかったよ。名前ちゃんが俺のことたくさん考えてくれてて、今の俺が楽しいってこともわかってくれてて嬉しい」
『…紬くんわかりやすいんだもん』

 私がそう言うと紬くんはそうかな、と笑った。そんな紬くんを見ながら私はバレないようにいつの間にか出ていた涙をそっと拭ったが、きっと紬くんにはバレているだろうな。

「さて、休憩もしたし名前ちゃんの俺への想いも聞けたしまだ見ていないところも回ろうか」
『うん……って俺への想いって何!?』

 私そんなこと言ってないよね!?と慌てると紬くんは私の分のゴミも片付けながら、

「俺の細かい感情に気づくなんて、俺のことが好きでよく見てくれている証拠だよ」

 と言った。不敵な笑みを残しながらゴミを捨てに行く紬くんの背中を見つめる私の顔は耳まで赤くなっていることだろう。

『つ、紬くんってそういうところあるよね~~……』



 私は紬くんの後を追いながら早く水族館の中に入りたいと思った。薄暗い館内の中ならきっと赤い顔は見えないだろうから。






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