Visibile ferita

 まどろみを振り切って君の手を取る




ずきずきと痛むこめかみを押さえたまま、ようやく肩を支える手を掴むことができた。
彼は心配そうにこちらを向いて、顔を覗き込んでくれる。
その双眸にある光はひどく穏やかで優しい。その光を目の当たりにした瞬間、唐突な違和感が強烈に胸を焼いた。どうして。
彼が優しい人であることは知っている。そんな彼の優しい、心配そうな表情のどこがおかしいというのだろうか。

「記憶をすべて無くしてしまうほどの凄惨な過去を知らない、記憶を思い出せない相応の理由を知らない。理解のできない者がもうこれ以上彼女の心に踏み入るな!」
胸を焼いた違和感は、次第に大きくなっていく。
全身に炎のような激しさで広がっていくそれは、ひどくアリアの心を乱した。
服を握りしめて、アリアは必死に唇を噛んだ。傍らにいるリオンの怒りが、悲しく響いていく。



「……それでも、」
低いテノールが、耳にするりと入ってきた。見上げるとリオンではなかった。
悲しいアメジストを持った黒衣の少年が、その綺麗な宝石を歪ませて泣きそうな顔でこちらを見下ろしている。

(その、め、は)
美しい紫色の宝石が光った。希望を見出したような輝きだった。
どこかで見たことがある。絶対に知っているはずなのに、なぜか思い出すことができない。

思い出そうともがけばもがくほどに、胸が苦しく疼く。

(どこかで)



――……ほんに、手のかかる





何かが聞こえた気がした。
不気味に思ったアリアは周りを見回す。
しかし、この場にいるのはリオンルーティとスタン……そしてあの黒い服の少年、彼と共にこの家に一泊していく予定の少年少女たちのみだ。
確かに今、ここにいないはずの誰かが何かを――。


――ほんに、そなたは手のかかる娘よのう、未熟なる主よ
声はひどく呆れたような色を含んでいる。溜め息をつくのではないか、それくらい物憂げな億劫そうな、そんな声音だった。


――そなた、幾度同じことを繰り返すのだ。思い出し、忘れ、また巡り……いつも柳の下に泥鰌はおらぬというのに
(どういう……こと?)

――そのくらいは自分で考えよ。我は便利屋ではないのだ
(何を……考えろっていうのさ。平和な世界で、大好きな人と生きて……それのどこが悪いの)

――その程度か、未熟な主よ。仮初めに満たされるほど慎ましやかに生きて来なかったというに
(は…?)
                                                           
――なるほど、補填された代わりに…あやつが前回身を投げた理由はこれか
(え、ちょっと何のこと言ってんの…)

――思い出せ
――そなたの幸福、そなたの大切なものとは本当にこれだけなのか
(大切な、もの……?)




「え……?」
自分の喉から小さく声が漏れたと同時に、周囲の色と音が戻ってきた。
目の前の状況を見ると、先ほどリオンが少年に怒りをぶつけた時からそんなに時間が経っていない様子だった。


「それでも、僕は…君に思い出してほしい。」
目の前のアメジストが光る。
柔和にすら見えるその光は、確かにアリアの心を波立たせた。


「共に旅をしたこと、剣の相手をしてくれたこと、出会った最初の路地、屋敷でのやり取り、剣術大会や…城での色々なこと……。仲間が、できたこと」
言いながら少年は、竜骨に手を添える。力を入れるといとも容易くそれは持ち上がった。
目を閉じた少年の表情は、まるで罪を懺悔する人のように悲しく彩られている。

少年は続けた。
「……実直で馬鹿正直な田舎者のこと…いつも傍で君を守っていた友人のこと」


「……っ」
最後の言葉を聞いた瞬間、アリアは心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。
思わず胸を押さえてうずくまる。皮膚に爪が食い込んだ。
布越しに掴んでいるのに、それはまったく意味を成さず鎖骨の下に強烈な痛みが走る。


しかし皮膚の痛みよりも胸の奥が痛い。鈍い痛みがじくじくと広がっていく。
それはどこか悲しい時の感覚に似ていた。じわじわと胸の内を蝕む悲哀。

それをいつアリアが感じたというのだろうか。
こんな暖かな場所で、いったいいつ悲しい目に遭ったというのだろうか。


「アリア!」
リオンの焦ったような声が聞こえた。
彼の声を聴いても胸の痛みは鎮まるどころか、ひどい頭痛までしてくる。

今の自分は幸せなはずなのに痛いのはどうしてか?何を悲しく思う必要があるのか?



prev / next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -