Visibile ferita

 海の底に沈めた秘密



「……来たか、崇高な理念を理解出来ぬ、憐れなる者たちよ。」
飛行竜に乗り込み、体内の組織を破壊した先にはエルレインの部下がいた。振り返った男はこちらを睨み、そして吐き捨てるように言った。

「はいはい、勝手に憐れんでてよ。けど……レンズは使わせないよ!」
「素直にそこをどけ。邪魔立てするならば……斬る!」
しかし男の殺気にも屈さず、ナナリーも負けじと強い眼差しを向ける。彼女に続けてジューダスが剣の柄に手をかけた。男を睨むアメジストは威嚇するように細められている。


「リアラ様……本当によろしいのか? 神の救いを拒絶する者たちと行動すること、とても聖女のやることとは思えません。」
「……私の求めていた英雄はカイルだった。だから、たとえどんな結果になろうと彼と共に歩むわ。」
尋ねた男の視線に負けず、リアラは両手でペンダントを包んだ。長い睫毛がそっと伏せられ、彼女は穏やかな表情を見せた。

「そう…決めたの。」
「リアラ……」
英雄を求めていた頃の彼女からは想像もつかないほどに柔らかな声で、静かに音を紡ぐ。伏せられた白い瞼が優しく開けられ、カイルの空色を見つめた。そして大きな栗色の瞳は男をまっすぐに見据え、決意に満ちた唇は強く引き結ばれる。

「……あなたはエルレイン様とは違いすぎる。そんなことでは救いはもたらせはしない。」
「ねえ、人の意見を真っ向否定とか…あんた何様?」
「エルレイン様は崇高な理念の元に動いていらっしゃるのだ! それを理解出来ず、しようともせず、無力な人間に頼るなど…」
「頭の固いあんたに言われたくないね! あんたの方こそ色んな道を否定してんじゃん!」
リアラの答えを聞いた男は呆れたようにため息をついた。リアラの決意を完全に否定した男は分かったような口ぶりでリアラを見下ろす。それに酷く苛立ちを覚えたフィアは、リアラを庇うように前に立ち剣を引き抜くと、切っ先を男に向けて吠えた。

「英雄といえども所詮は人間。たった一人の人間の力を借りたとしても無力な小娘には何も出来ない!」
「『出来ない』んじゃない。『やる』んだ。」
「信じれば何かが起こせると本当に思っているのか! 出来るわけがない!」
「余計なお世話だ。それは君に決めてもらうことではないよ。」
「ぐ…! 貴様ほどの人間が、何故…!」
ルナも斧を組み立てて、男の言葉に返す。深海のような青は夜の海のような静けさを伴って男を見据えている。
銀糸が揺れて、細められた青色は確かな敵意を宿していた。灼熱の火球ではなく、台風が来る前の不気味な海を思わせる色に男が思わずと言った様子でたじろぐ。

「べらべらしゃべるのは勝手だがな。そろそろどかねえと痛い目見るぜ。」
続けてロニが斧を担いで男を睨みつける。
いつものおちゃらけた雰囲気など欠片もない。彼も仲間を否定されたことに、少なからず怒っているようだった。

「あくまで飛行竜を止めるつもりか。ならば……!」
動力室の壁近くまで追い詰められた男は、足元に置いてあった小さな檻を晶術で壊した。中から現れたのは色々な動物が合成されたような、奇妙な生き物だった。
檻から出たそれはとてとてと男の前まで歩いてくる。かなり小さく見えた。

「お前たちの相手はこのグラシャラボラスで十分だ。」
しかし男がそう言ってその生き物に晶力を込めるなり、みるみる体が巨大化していった。驚く一行の前で完全な大きさに戻ったらしいそれは、鼓膜が破れそうなほどに大きい咆哮を浴びせる。
反射的に耳を塞いだが、あまりの声量に耳が破裂しそうだった。

「おいおい、そんなのありかよ!」
「なんだい、腰が引けてるよ! 痛い目見せるんじゃなかったのかい?」
斧を構えていたロニが一歩後ずさり、顔を引き攣らせた。笑うしかないと言った様子の彼に、ナナリーが弓を構え狙いを定めたまま声を張り上げる。彼女の声は震えていて、虚勢を張っているのがフィアにも理解出来た。
高まる晶力を肌で感じながら、フィアも剣を両手で握り締める。


「無駄口はそこまでにしろ、来るぞ……!」
ジューダスのその声で、またもや生き物──グラシャラボラスが巨大な咆哮を上げたのだった。


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