Visibile ferita

 海の底に沈めた秘密





飛びかかってくる獣を剣で受け止める。
しかし大きさと速度で倍以上になっている重さを、女の細腕で受け止めきれるわけもなく、フィアは吹っ飛ばされた。

「かなりの衝撃だ、無理をするな!」
機械に叩きつけられたフィアは、口の端から流れた鮮血を乱暴に拭う。
立ち上がろうとするフィアの横を漆黒の影が駆け抜けた。

「させない! ──スラストファング!」
影──ジューダスはグラシャラボラスの攻撃をかわすと後ろ脚をレイピアで抉る。
酷い悲鳴を上げた獣は怒りに狂い、ジューダスに的を絞った。動きを止めようとリアラが放った晶術も怒っている獣には効果が薄いらしく、強引に風の刃を突っ切る。ジューダスと距離を詰めたグラシャラボラスは生えている翼を乱暴に振り下ろした。

「ぐ…っ!」
「ジューダス!」
「僕のことは良い! 戦闘に集中しろ!」
カイルの声がその場に響き渡った。暴風とも呼べる風の直撃を喰らったジューダスは機械に叩きつけられるが、口から血が流れているのも気に留めず、彼は体勢を立て直すと晶術の詠唱を始める。
グラシャラボラスは強大なエネルギーに気付いたのか、濁った眼でジューダスを睨みつけた。

「──古より伝わりし浄化の炎……砕け!」
「させないよ! ──スプラッシュ!」
「──エンシェントノヴァ!」
動物というものは五感が優れており、本能で危険な物を察知する。こいつも同様に強大な晶術エネルギーを感じ取り、危険な物を排除しようとしているのだろう。
晶力を集中させたフィアより先に、詠唱を完成させたナナリーが激流を放つ。続けて爆発的な炎の柱が獣を貫いた。


「ダメだ、止まらない!」
「くそっ! ジューダス、避けろ! 潰されちまうぞ!」
しかし勢いは衰えず、とうとう獣は飛び上がる。ナナリーが弓を構えて矢を放ったが効果は薄いようだった。
見兼ねたロニが呼ぶのにも反応せずに、ジューダスは詠唱を続ける。鋭い爪を振りかぶった獣が襲いかかった。
瞬間、涼やかな音が駆け抜けて行くのを感じる。




「あ、れ……?」
カイルが目を見開き茫然と声を漏らした。倒れたのは獣の方だったからだ。
誰がどう見ても、ジューダスが引き裂かれてしまったと思っただろう。
一体どういうことなのかと目を瞬かせる。
よく目を凝らしてみれば獣の太い後ろ足が凍りついていた事に気付いた。動きが止まったのはそのせいなのだろうが、一体誰がそんなことをしたのだろうか。

「──エアプレッシャー!」
味方すらも動きを止める中、ジューダスだけが冷静だった。彼は集約した晶力を放出する。恐ろしいほどの重力が獣を襲い、地面に縫い付けた。
そのまま短剣を掲げると手元にきゅうんという音と共に更に強い晶力が、恐ろしいほどの速度で集まってくる。

「──慈悲深き氷霊にて、清冽なる棺に眠れ……」
しかしその晶力を解放するよりも、爆発的な晶力が漏れだして冷気が満ちる方が早かった。彼は指揮者のような優雅さで指先を獣に向ける。

「──フリジットコフィン! …ジューダス!」
集められた冷気が暴発して、瞬間的に周囲を雪国のような寒さが襲った。
肌が痛いほどに寒さを感じる。晶術を放った彼──ルナはジューダスを呼んだ。


「これで終わりだ! ──シリングフォール!」
声に応じてジューダスが晶術を発動させる。晶力で生みだされた巨岩がいくつも降り注いでグラシャラボラスを襲った。
最後のひとつが頭を直撃して、獣はその場に伏せて動きを止めた。

連れて来られた猫の様に大人しくなったその様を見れば、少々気の毒にも思えた。しかしそれに浸る暇も与えられずに飛行竜が大きく揺れ始める。


「な、なんだ!?」
「……」
「どしたの、ルナ?」
驚くカイルを見ていたフィアだったが、ここで神妙な顔をしたルナに気付いた。どうしたのかと彼を見れば、尖った顎に手を添えて考え込んでいる。

「……落ちるね、この飛行竜。」
ぼん。爆発している機械を見た彼はそのままぽつりと呟いた。


「冷静に言ってる場合か! 脱出すんぞ脱出!」
ロニが叫んだことは言うまでもないだろう。


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