Visibile ferita

 確かに覚えていたぬくもり





ゴミ漁りをする。
そう言ったハロルドに連れて来られたのは『物資保管所』と呼ばれている場所だった。
しかしお世辞にも物資、とは言えないようなものばかりが――所謂ゴミやガラクタというやつだ――あちらこちらに落ちている。
この中から飛行艇のパーツを作るための材料を探すことができるのだろうか。


「…というよりさ、そもそもその材料ってここにちゃんとあるの?」
フィアはそう言って入り口を見上げた。どう見ても『物資』を『保管している』ようには見えない。
思わずうんざりとした顔をしてしまう。

「随分と荒れ果てたって感じだね…」
「建物の原型を留めてるんだからマシな方よ。直撃じゃなかったからこの程度で済んだのよ。」
フィアの呟きが聞こえたのか、ナナリーも施設の外装を見上げながらぼやく。
彼女の声にハロルドが肩をすくめた。

「ぞっとしねえなあ…なんでベルクラントなんてもん作っちまったんだか……」
ロニが顔をしかめて浮かぶベルクラントを睨む。
忌々しげに声を漏らしたロニに、ハロルドはきょとんと目を見開いて首を傾げた。
「なんでって…新しい地表の生成のためじゃない。知らなかったの?」

「!」
「え、そうなの?」
しかしハロルドの答えが予想外だったのか、ロニは驚いたように彼女を見る。
続けてカイルが間抜けな声を上げ、ハロルドに視線を投げた。
視線の意味するところは『教えてハロルド先生!』といったところだろうか。

「元々ベルクラントは地表を細かく粉砕し、空に巻き上げるためのシステムだったの。」
ハロルドは生徒に説明をする教師のように人差し指を立てた。そして続ける。

「で、その巻き上げた石や岩を使って空に浮遊大地を作って街や村を作るつもりだったのよ。」
「……そうだね。」
ハロルドの声に小さく答えを返したのはルナだった。そっと視線を向けると彼は他に見えないように配慮したのか、俯いていた。
彼の表情は絹のような髪に守られており窺うことはできなかったが、その合間から見えた小さな唇が痛々しく噛み締められているのがわかる。
思わず胸が痛んだ。どうしてなのかはフィア自身にもわからなかった。
『そんな顔をしないでほしい』。その思いだけが、まるで不味いジュースを飲んだ後味のように、胃を騒がせる。

「本来ならば、すべての人がその浮遊大地に移民するはずだった。だが、天井人と呼ばれる特権階級の人間たちだけが使うことになったんだ。」
「それに反発した地上人が反旗を翻したのが天地戦争なんだよね。」
「そうだ。そして戦争になった途端、ベルクラントはその姿を兵器へと変えた……」
ルナに気を取られている間に、ジューダスとナナリーがカイルへ説明するような口調で話を続けていた。
意識を戻すと同時にハロルドが小さく息をついて肩をすくめる。
「ま、そんなところね。兵器としても申し分ないからねー…最大出力で撃てば島ひとつ吹き飛ばせるし。」


「……」
彼女の言葉を最後に静寂が場を支配した。
気まずさにそろっと周囲を覗き見れば、面々の表情は重い。

「よし、説明は終わったかしらね。わかった、カイル? キリキリ働いてね!」
「う、うん! わかった!」
しかしハロルドがぱんっと手を叩いたことによってその空気は晴れることになった。
矛先が向いたカイルはぽかんとしていたが、すぐに立ち直って頷く。ハロルドなりに空気を変えてくれたのだろうか。扉に近づいていくカイルを見ながら、フィアはぼんやりとそう思う。

「…ちょい待ち!」
しかし、扉に手をかけようとしたカイルの後ろからハロルドが待ったをかけた。
どうしたのかと振り返ったカイルを押しのけて、ハロルドは扉の様子を探っている。
げ、とでもいうような表情を見せた彼女は苦虫を噛み潰したような顔で施設を見上げた。


「あちゃあ、まずった! 化学物質が漏れちゃってる…」
「毒ガスか? 中には入れないか……」
ジューダスが眉を寄せた。毒ガスの中にはさすがに入りたくないのだろう。
しかしハロルドは視線を明後日の方向へと向けると、引きつった半笑いのまま言った。
「あー、だいじょぶだいじょぶ。かなりやばいけど、十分くらいなら我慢できるわよ、たぶん。」

「…え、」
それを聞いて一同は青ざめた。つまり、十分が過ぎてしまったら……。
嫌な予感と予想が脳裏をよぎった。フィアだけではなく、他の面々も同じ予想をしているようだ。

「…マジで?」
心の声を代弁するかのようにロニが、恐々と尋ねる。

ここで備品を手に入れなければ天地戦争はどうなってしまうのか。
しかしその天地戦争の勝敗を待たずして自分たちが天に召されてしまうのではないか。
否定してほしいような、肯定してほしいような。

皆が固唾を飲んで見守る中、ハロルドはにっこりと笑った。




「マジで」
その言葉にカイルは青ざめたまま硬直し、ロニは動きを止めた。
ナナリーは引き攣った笑いをそのままに腕を組んで明々後日の方向を見、ジューダスは溜め息をついて眉間を揉んでいる。
ルナは諦めたように苦笑いを見せていた。

フィアはどうあがいてもこの毒ガスが充満したゴミ処理場の中に入らなければいけないことを悟る。


(死なないように、がんばりましょっか…)
明後日の方向を見て、フィアはそう胸中で呟くのだった。

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