Visibile ferita

 蒼き月の夢を観る






「ルーティ、大丈夫…?」
「……」
力が抜けたように座り込んでしまったルーティの肩を支えた彼は、心配そうな表情を見せた。
顔を覗き込んだ彼は、遅れて駆け寄ったスタンを見上げる。悲しそうに微笑むと、彼はリオンを見る。

「カノン、その怪我……」
スタンが気遣わしげにカノンの腕に視線を向けた。左腕に酷い火傷を負っている。
火傷は相当深く、あれでは剣を握ることも難しいだろう。
「貴様にしてはあまりにも無謀なことをする。」
嘆息したリオンは冷えたアメジストをカノンに向けた。

「怪我をしても、痛くても……尊い命には代えられない。それは君が一番良く知っているでしょ?」
カノンはそう言ってリオンに微笑みかけた。
余裕そうには見えない。カノンの横顔を汗が伝っているのが証拠だ。かなりの激痛を伴うだろうそれを、カノンは笑顔で隠していた。


「怪我してるのはルナの方だ……何がどうなったんだい…?」
「まさか、ルーティさんを庇って素手で晶術を受けたのか……?」
ナナリーの声にロニがぼやいた。それを聞いていたジューダスが頷く。

「彼はあの数秒の間でルーティと晶術の間に滑り込んだ。晶力を展開して防御するつもりだったらしいが、間に合わないと判断して腕で受けたんだろう。」
「なんで……そんなこと…」
「彼がそうしなければルーティは死んでいただろう。」
カイルの声にジューダスが力なく首を振る。

「例え助かったとしても代わりにスタンが大怪我を負っていた。……カノンは、自分がルーティを庇い怪我を受けるのが最善だと判断したんだろうな。」
ジューダスの声が遠く聞こえた。
やせ我慢するカノンの強張った表情が、妙に引っかかる。一連のやり取りは違和感満載で、あの場にいる人物は『知らない人』だと『アリア』が言っているような気がした。


「聞きたいことがあるんだ、リオン。」
「…内容によるが」
「君は、最初から……あの人たちが僕たちを利用することを知っていたの?」
「……」
「…すべて知っていて、僕たちと旅をしていたの?」
カノンの質問に、リオンは眉を寄せて舌を打った。視線を合わせずにリオンは捲し立てる。
「その質問をするということは、貴様の中で答えは出ているのだろう。おそらく間違っていない。」
「僕の仮定ではなくて、君から聞きたいんだ。…いや、否定してほしい、のかな。それで、どうなの?」
「僕が違うと言ったら、お前はそれを信じるのか? くだらん、盲目にも程がある。」
「……そう、それが答えなの。」
淡々としたやり取りの後、カノンはそう言ったきり俯いた。

「カノン……!?」
しかし顔を上げると、腰にあった剣を抜く。声をかけ歩み寄ろうとしたスタンを手で制し、切っ先をリオンに向けるとにっこりと微笑んだ。その笑顔にまた背筋が凍る。
壊れたような、狂ったような、この場にあまりにもそぐわない美しい笑顔だったからだ。
「剣を抜け、リオン・マグナス。」
一瞬で笑顔は消えた。凍ったような表情でリオンの名前を呼んだ彼は、泣いているように見えた。

どくん。胸が脈打つ。
「もう……、」
妙な胸騒ぎ、そんな言葉がぴったりだった。
剣戟が始まり、かつての仲間たちが殺しあう。見ていられなくなったフィアは目を閉じ、耳を塞いだ。
「もうやめてよ……みんな。これ以上俺の前で、傷つけあうの…やめて」


「ねえ、どういうことだいジューダス!」
たまらず、といった様子でナナリーがジューダスに尋ねる。声を荒げてしまうのは、彼女が動揺しているからだろう。
カイルやリアラも同様に、問いを投げかけられたジューダスに視線を向ける。
「……」
「この過去は…ジューダスの世界で見たのと全然違うじゃないか! なんでこんなことが起きてるんだい…?」
「これってどうなってるの…?」
なおも黙ったままの――否、本人にもわからないのかもしれない――にカイルも尋ねた。
ジューダスは目を見開いたまま、スタンたちのやり取りを見ている。彼にも何が起こっているのかわからないのかもしれない。

「なあリアラ、これはルナの夢世界なんだろ? ジューダスのは過去の忘れられない夢で、ルナはこうなってほしいっていうのを改変されてるんじゃ……」
「はっきりとは言えないけど、その可能性はかなり少ないと思う…。この世界に入った時に、あの暖かくて心地いい感じはしなかったから。みんなも、それはわかったと思う。」
ロニが怪訝な表情をそのままにリアラに視線を向ける。
しかしリアラはゆるゆると首を振った。困惑した様子を見せて、彼女は続ける。
「これはルナが実際に体験して、すごく後悔している出来事…なのかもしれない。ジューダスの記憶と異なっているところがあるのは、私にもわからないわ……」



「まだだ……まだ終わりじゃない」
スタンからの一撃を食らったリオンはよろめいて後退する。瞳の闘志はまだ消えていない。
血を吐きながら壁に凭れる。しかしその体でもまだ、シャルティエを構えようとする彼にたまらずスタンが叫んだ。
「もうよせ、リオン」
「後を追わせるわけにはいかないんだ……」

「な、なんだ!?」
その瞬間、地鳴りが起こった。ぐらぐらと揺れる洞窟内はところどころ岩が落ちてくる。
ずるずると座り込んだリオンは喉の奥で笑った。不敵な笑みを張り付けた彼はスタンを見上げる。
「始まったな。僕の勝ちだ……」
崩壊する洞窟を見て、彼は口元に笑みを浮かべたまま目を閉じた。そして続ける。

「終末の時計は動き出した……もう誰にも止められない」
「リオン……最初からこのつもりで…?」
カノンが名前を呼んでもリオンは答えず、目を閉じたまま笑う。唇を噛み締めて俯いた彼は腰にさしていた剣のコアを撫でた。

「きゃあ、水がっ!」
フィリアが悲鳴を上げる。彼女の悲鳴に気付いた時には、リオン以外の人間に濁流が襲い掛かった。
スタンがリオンに手を伸ばしたが届かない。流されながらも必死に手を伸ばすが、リオンはその手を取ろうとはしなかった。

「カノン!? 離せよ!!」
「……だめだ」
「なんでだよ! リオンがまだ!」
「だめなんだ」
気付いたカノンがスタンを引っ張る。驚いたようにスタンはカノンを見た。しかしカノンの表情は硬く、スタンを決して離さなかった。
スタンを引っ張ったままカノンは岩に掴まっていた手を離す。先に流れてしまった仲間と同じ方向へ二人は流されていった。
「リオン! リオオオオン!」
スタンの声が悲しく響く。ただただ無表情で、リオンはそれを聞いていた。

「ふふ……」
かつての仲間たちをぼんやりを見送っていたリオンは、シャルティエを鞘に戻すと自嘲するように微笑んだ。


「さよなら……マリアン……」
そう呟いた彼の体から力が抜けていく。ぐったりと壁に凭れたリオンは波の中に投げ出された。

そして彼もまた、荒れ狂う流れに飲まれていった。


フィアはその光景をぼんやりと見ながら、茫然と涙を流していた。
周囲の景色が明るくなっていくのを感じながら、フィアの意識は闇に飲まれていく。薄れていく意識の中で、優しく笑っていたルナの顔がぼんやり浮かんだ。





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