Visibile ferita

 蒼き月の夢を観る



『ごめんね』
『友達、だから……。だから、僕が君を止めるよ。』
『どうして…ここにいるのが僕なの……』
『約束、したから。君を連れて帰るって』
『これは夢だって、言って』
走馬灯のように、情景が駆け巡っていく。
これはカノンの記憶なのだろうか。たくさんの思い出が脳裏をよぎっていく。

どの言葉も、どの場面も、どの光景でも。
共通しているのは、胸が潰れてしまいそうなほど悲しい感情だった。


『ほうらね。かなしくなるから、みないでっていったんだよ』
『しょさいはね、たいせつなものをだいじにしまうばしょなんだよ』
『ちがうよ、あのおはなしはほんだなにあったおはなしだよ。しょさいのなかにはいくらあかひめさまでもはいってこれないよ』

『だって、みずもりのてんしさまがまもっているんだもの』
最初の海で聞いた、無垢な少年の声が響く。また悲しくなって、訳もなく涙がこぼれた。




「愚かな。お前もまた、救いを拒否するのか。」
聞き覚えのある声に目を開けると、エルレインがいた。真っ暗な深海の中で、彼女の白い服は目立つ。
彼女が話しかけたのは、体を丸めて目を閉じているルナだった。その表情はまるで死人のようで、嫌に真っ白だ。


「っ……!」
触れようと伸ばしたエルレインの手が、電流のようなものに阻まれた。瞬時に手を引っ込めた彼女はぎっとルナをにらみつける。
しかしルナは依然として硬く目を閉じたまま眠り続けていた。エルレインを弾いたのは彼ではないのだろうか?

『人間の想いから創造されただけの分際で、この子に触れないでください』
自分の夢の世界で聞いたような、ソーディアンにも似ている声。頭の中に響くその声は、エルレインには聞こえていないようだ。
冷たい声はおそらく女性だろう。言葉遣いこそ丁寧だが、この声は酷く冷たかった。
そういえば古めかしい言葉ではあったが、フィアと会話したあの意地悪い声も女性のものだったような気がした。


『あなたも救いようがありませんわ……何度同じことを繰り返すのです。』
「? なぜこれが破れない…?」
『……この子がどれだけそれに翻弄されてきたか……』
好き放題言った挙句、さらに黙りこくった声。エルレインが怪訝な顔をしたその時、海が澄んだ色へ変わった。

「ん……?」
同時にルナが目を覚ます。
目を開けた彼は驚いた様子でエルレインを見る。首を傾げて彼女を見つめていた。


「君は……」
きょとん、そんな言葉がぴったりだった。目を見開いたまま、彼は尋ねる。
「お前も救いを求めないのか? わからない……」
「救いって、良い夢を見ること? それが救いなの?」
「そうだ。あらゆる危険を排除した、幸せな夢の中で微睡んでいれば……救われるというのに」
「そうかな?」
彼のそんな行動にエルレインは眉を寄せて不快感を露わにした。
なおも不思議そうに首を傾げる彼は続ける。

「幸せばかり見ていたら、本当の幸せが何なのかわからなくなってしまうと思うよ。」
「なんだと……」
「…人間は、愚かな生き物だ。それは僕だって知ってる。だからこそ、人間は識らなければならない。何が危ないことなのか、どんなことが不幸なことか、どうしたら悲しいのか。それを知らないまま幸せを享受して生きていたら、きっとその幸せが恵まれたことなんだってわからなくなるから。」
「あの悪夢を永遠に見るというのか。そのためだけに!」
「そうだね。他の人から見ればあれは悪夢なのかもしれない。でも、僕にとってはあれは忘れてはならないことだから。…覚えていなくては、いけないことだから。」
だからね、君の助けは僕にはいらない。
そう締めくくったルナは微笑む。それは優しく穏やかで、そして悲しいほどに残酷なものだった。
その瞬間、金縛りのような体の硬直がなくなる。動けるようになったと自覚したその瞬間、ルナが弾かれるように視線を向けた。

「フィア…!?」
目を見開いて彼はフィアの名前を呟く。
フィアが答えるよりも先に小柄な影が飛び出した。エルレインに剣を向けると強い意志を持ったアクアマリンが光る。
ルナの前に立ったカイルの隣にリアラが歩み寄った。
どうやら場所が違ったようだが、みんな今までの様子を見ていたようだ。

「エルレイン、私の仲間はあなたの作った夢の世界を乗り越えたわ。もう惑わされたりしない。」
「く…愚かな」
凛とした表情を見せ、毅然としてリアラが言い放つ。小さく言い残してエルレインは消えた。
すぐにルナに駆け寄るカイルはまっすぐに彼に手を伸ばす。

「行こう、ルナ。戻ろう。」
ぽかんと口を開けたまま間抜けな顔を見せたルナは、やがて意味を察したのか微笑んだ。

「うん、ありがとうカイル。……戻ろう。」
カイルの手を取るとゆっくり起きあがる。
リアラやジューダス、ロニを見たルナは眉を下げて困ったように微笑んだ。

「…隠し事をたくさんしていてごめん。」
俯いて小さくそう言ったルナに、ナナリーが首を振る。その表情には責めるような感情は一切なく、彼女は大らかに笑った。

「何言ってんだい、あたしら仲間だろ。隠し事ならみーんなしてたんだからおあいこさ。」
ナナリーの言葉にカイルやリアラも頷く。
その様子を見たルナは嬉しそうにはにかんだ。そして転がっていた薄紫の剣を拾って立ち上がる。




「……それじゃあ、あのカプセルの部屋に飛ぶね。」
リアラが言った。その声に声に頷く。
彼女のペンダントが輝き、目映い光に目を閉じる。

見たことのある感覚に、感じたことのある光。
わけもなく混乱している思考を投げ出すように、フィアは目を閉じたのだった。

(自分の正体、彼の正体、事の真相。/2014.10.21)

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