Visibile ferita

 入れ替えられた勝敗



穏やかな男の声で粛々と語られた内容に、カイルが目を見開いたのが見えた。

「……これではっきりしたな。やはり、歴史は変えられたんだ。エルレインの手によって。」
どういうことなのか聞こうとした矢先、ジューダスが盛大な溜め息を漏らす。酷く憂鬱そうに吐かれたそれは、彼にしては珍しく、憤りを露わにしているように見えた。
前髪を払って彼は続ける。

「天地戦争の勝者と敗者を入れ替え、己が望む世界……人々が神を称え崇める世界を作り上げたんだ。」
「なあ、ジューダス。ずっと思ってたんだけどよ……」
ジューダスの声に神妙な顔をしたロニが言葉をかける。視線だけで言葉の先を促したジューダスに、唇を噛み締めた。
言い辛そうに口ごもると、彼にしてははっきりとしない物言いで続ける。

「この世界が出来たってことは俺たちがいた世界は……」
「残念だが、お前の思っている通りだ。歪められた歴史のベクトルの上に僕たちの世界は存在しない……」
「そんな……!」
「……」
否定して欲しい気持ちの方が大きかっただろう。しかしジューダスが示したのはロニの思考に対しての肯定だった。
思わず声が漏れてしまう。
いつの間に隣に来ていたのか、ルナが長い睫毛をそっと伏せた。彼もまた、この世界を悲しく思っているのだろうか。

「くそっ、なんてこった……!」
「ようやくはっきりしたね、この世界のからくりってやつがさ。」
ジューダスの肯定に眉を顰めたロニが拳を握りしめる。彼の隣でナナリーが頷いた。

「……けどね、『はい、そうですか』ってすべてを受け入れられるほど、あたしは人間が出来てないんだよ!」
しかし彼女の表情は納得しているというわけではない。自分の世界が消えてしまったことに怒りを覚えているようだ。
烈火のような長い髪が、彼女の怒りを露わにしているかのようにゆらゆらと揺らめいた。


「俺だってそうさ! こんな世界を作ったエルレインを絶対に許せない!」
いきり立ったカイルもナナリー同様、この世界を否定していた。エルレインに強く反感を感じているのだろう。
しかし、ここでリアラが悲しそうに瞳を細めた。
他の面々とは違う反応を見せた彼女。気になって視線を移すと、ペンダントに手を添えて、彼女は俯いた。

「でも……この世界の人はみんな、幸せそう。」
ぽつりと呟いたリアラは目を閉じる。
彼女の発言に驚きを隠せない面々を見て、そして最後にカイルに視線を合わせた。彼女は少しだけ上にあるアクアマリンをそっと見つめる。

「……ねえ、カイル。この世界は、本当に間違っているのかな?」
リアラの声は自信をなくしているようにも聞こえた。何かを望んでいるようなその声は、フィアにいつか訪れた別れの時を思い出させる。
なるべく早く帰ってくるよ、耳元で柔らかい声が蘇った。その声を聴いた途端、なぜか涙が出そうなほどに悲しくなった。
なんとか抑えてリアラを見る。彼女の表情も悲しそうに歪んでいた。

「確かにこの世界は歪んだ方法で作られたかもしれない。でも、結果として……人々は幸せに暮らしているじゃない。もし、間違ってないんだとしたら私の役目も終わって…」
ぽつぽつと語るリアラの声は弱々しく、大きな瞳は憂いを帯びて鈍く光る。水の落ちる音だけが響き渡る資料室の中に、リアラの声が静かに溶けていった。

「カイルと二人で……」
「リアラ!」
しかし、その声はカイルの声が遮った。リアラの細い肩を優しく掴むと、カイルは空色のまっすぐな目をリアラに向ける。

「どうしちゃったんだよリアラ! リアラは、このままでいいって言うのか!?」
「それは……」
迷いのない空色と、不安に揺れる栗色の瞳がぶつかりあった。
言い淀んだリアラに、カイルは続ける。カイルを見ていたフィアは誰かが重なって見えた気がした。
目を擦ってもう一度カイルを見た。今度は誰も被って見えなかった。


「俺は嫌だ! だって、ここには誰もいないじゃないか!」
言い切ったカイルは唇を噛み締めると泣きそうな顔でリアラの栗色の瞳を見据える。いつも朗らかに笑う彼の悲しそうな顔は、ひどく儚いものに見えた。

「父さんも、母さんも、フィリアさんもウッドロウさんも……誰もいない! このまま、みんなが消えるなんて俺は……嫌だ!」
「消える……」
首を振ったカイルに、リアラはぽつりと呟いた。栗色の瞳が暗い部屋の中で弱々しく瞬く。


「人が消えるということは、その人間が積み上げてきた歴史もまた、消えるということだ。人の歴史を否定し、存在するこの世界……少なくとも、僕は許せない!」
「ジューダス……。」
答えが出せないでいるのだろう彼女(フィアには何の答えなのか予想すらできないのだが)にジューダスが言う。
冷静なように取り繕ってはいたが、怒りの感情が入り混じっているのは明らかだった。リアラはしばらく迷っている様子だったが、決意が固まったのか唇を引き結んだ。

「……わかったわ。ごめんなさい、みんな。変なこと言って……」
そしてすぐに頭を下げて、謝罪の言葉を口にする。
そんなリアラにフィアはなんだか不可思議な違和感を感じた。言葉にできない、言い表すことの出来ないそんな複雑な気持ち。

「……わかってくれたら、いいんだ。」
カイルが小さく呟いた。穏やかな彼の声に、リアラは曖昧に笑みを返す。そんなやり取りを見て、フィアが感じていた違和感は徐々に大きくなっていく。

――何かを隠している。その隠していることはカイルにとって邪魔になることなのかもしれない。
しかし彼女を問い詰めたところで、隠していることを話したりはしないだろう。案外頑固な彼女のことだ。

相談できるものならば、とっくにしているはずだ。
それほど彼女の抱えている悩みは大きいものなのだろう。
憂いを帯びた栗色の瞳が不安定に揺れるのを見ながら、フィアはカイルの溌剌とした声を聞いていた。
輝くカイルの、空の色のような穏やかな双眸を見ていると誰かが優しく語り掛けてくるのを思い出す。

「やろう、みんな! 俺たちの世界を取り戻すんだ!」
今よりもずっと前の、砂漠のような場所で見た気がする。太陽のようだと思った誰か。
その人が記憶の中で穏やかに微笑んだ気がした。



(『いつでも聞くから』。そう言ってくれたあの人は、今どこにいるんだろうか。/2014.03.24)

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