Visibile ferita

 アクアマリンの面影



「止まれ! ここより先は王国の管理下にある!」
古びた拠点に辿り着いた。真っ白な雪を踏むときゅ、きゅと小さな音がする。
拠点の入り口には青い鎧を着たファンダリア兵士が一人。おいおい重要なものじゃないのかよ、なんて言いたい所だったが生憎今はそんなことを言及している時間はなかった。
その兵士が武器を構えてこちらを睨みつけている。侵入者と間違われてはたまらない。急いで勅命状を見せなければここで悪者になってお陀仏だろう。

「許可のない者が入ることまかりならん! 早々に立ち去るがよい!」
「僕たちはウッドロウ王から勅命を賜っている。これが書状だ」
「こ、これは…! 失礼しました!」
しかし武器は下ろされた。ジューダスがすぐさま勅命状を取り出し、兵士に見せたからだ。
頭を下げた兵士は勅命状を受け取ると本物かどうかを確認し、すぐに返してくれた。ロニが景気よく口笛を鳴らす。
「さすが勅命状だねぇ」
「はしゃぐな、みっともない。」
そんなロニをジューダスが一喝する。ナナリーも口を開きはしなかったが、呆れた、とでも言いたそうにロニを見ていた。カイルやルナも小さく笑っている。
一行の間抜け極まりない様子に毒牙を抜かれたのか、兵士もきょとんと目を見開くときっちり二回瞬きをした。咳払いをしたジューダスが兵士に向き直る。

「ところで、イクシフォスラーはまだここにあるのか?」
「あることはあるのですが……格納庫は封印が施されており、入ることができません。我々はイクシフォスラーの警備が任務、封印の解除方法までは知らされていないのです」
「わかった、あとは僕たちでなんとかする」
手短に質問すると、兵士も答えてくれた。しかし、彼も困ったように眉を寄せると申し訳なさそうに呟いた。
それに頷いたジューダスは彼に一礼すると拠点内に入る。他もそれに続いて拠点内に入って行った。



「封印されてるっては聞いたけどよ……よりによって三つもかかってんのかよ!」
その封印場所とやらに辿り着いた一行は思いっきり肩を落とした。なぜなら入り口付近に鎖が掛かっており、しかもその鎖は三本。
ロニが一行の心の声を代弁するかのように叫んだ。そりゃ急いでいるのに封印が三つもあって、それの見当が全くつかないとなれば、叫びたくもなるだろう。

「こうなったら無理やりにでも……!」
「待った!」
「なんだよフィア! こんなのちまちま解いてる暇なんて……」
「ばっか! 何が起こるかわかんないでしょ! もうちょい慎重に…」
鎖に触れようとしたロニの腕をフィアは掴んだ。文句言いたげなロニにフィアが反論しようとしたその時、ロニの隣をすり抜けてルナが鎖の前まで来る。
事を静観していた彼のことだ、封印について何かわかったのかもしれないと淡い期待をフィアが抱いたのと同時に、彼は最初にある封印の鎖を掴んだ。

「わ……っ!?」
バチバチとものすごい火花が上がり、目を潰さんばかりの閃光が部屋の中を支配する。カイルが驚いて目を庇った。ロニ、ナナリー、ジューダスも同様に目を庇い、俯く。
ルナはすぐに手を離した。同時に閃光と火花も収まる。そして彼の手からは煙が上がっていた。微かにだが火傷も負っているようだ。

「ルナ…?」
「強行突破は無理みたいだね。古いみたいだけどやっぱり封印は封印だし…こじ開けようとするとこうなるみたい。」
自分の手をじっと観察しているルナに恐る恐る声をかけると、彼は微笑んだまま手をひらひらと振った。怪我は幸い大きくはないようで、彼も激痛を感じるほどではないようだ。しかしそれは彼の晶力が高いからなのであって、常人がやったら全身焼け焦げているかもしれないが。

「急いで封印を解いてその…イクシなんとかってとこに行こう!」
「イクシフォスラーっしょ?」
「そう、それ!」
拳を掲げたカイルにフィアが尋ねると、カイルは元気よく頷いた。彼らしい返答に笑いつつも、一行は封印とやらを探すことにする。
そしてここでナナリーが全員に声をかけた。

「あのさ、封印って三つもあるんだろ? みんなで一緒に探すよりばらばらに探した方がいいんじゃない?」
「そうだな…効率を重視するならばその方がいい。」
「じゃあ二人一組ってところか。」
ジューダスとロニもナナリーの提案に頷いた。しかしここで問題となるのは組み合わせである。好きに組んでも良いかもしれないが、各々仕掛けを解くのが得意な面子と戦闘力の高い面子を考慮してチームを分けるべきだろう。


「僕が勝手に決めるが、異論はないか?」
「ないっ!」
「よし、では僕が決める。」
カイルの返答を聞いたジューダスが頷く。そして少しの間顎に手を当てて考えていたが、すぐに顔を上げて腕を組んだ。
「カイルはルナと地下を中心に探してくれ。ロニはナナリーと外を、フィアは僕と奥の廃墟の中を。行動は二人一組でするように。」
「わかった!」
「では解散する。」


「またねー!」
「気をつけてね。」
手短に言い終えると、ジューダスは背を向ける。ロニが不満そうな顔をしているのが心配だが、その辺は上手くナナリーが舵を取るだろう。そう結論付けてジューダスの後について行くと背中にカイルの声がかけられた。
振り向くと、カイル組が手を振っている。

「ありがとー! そっちも気をつけて!」
軽い挨拶を交わして、奥の廃墟へと向かう。足場が不安定なので戦いにくそうだ。
凶悪なモンスターの気配もそこかしこに点在しているし、ロニ組やカイル組のルートよりも危険なのだろう。だからこそジューダスは自分がここに来たのかもしれない。


「手早く済まそう。早くアイグレッテに行かないと間に合わん。」
「そうだね。…よ、不安定だね。」
「ああ、カイルやロニはこの足場では戦いにくいだろう。」
「……なるほど、ロニはナナリーの矢があった方がやりやすいだろうし、カイルはどう突っ走るか分かんないから一番強そうなルナに任せたんだね。」
「そういうことだ。」
「あれ、でもそういうことならジューダスの方が適任だったんじゃ……」
「僕は子守りはごめんだ。あいつの方が適任だろう、性格的に。」
いつでも剣を抜けるように背中の鞘をずらす。歩きながらの会話はいつもより弾んだ。思えばジューダスとこうやってじっくり話すことなんて今までになかったような気がする。
そう思いつつ彼の横顔を覗き見ると、竜骨の仮面の下に見える顔は予想よりも遥かに幼い。自分と同じくらいだろう。最もフィア自身も自分の歳が分からないので、厳密には何歳なのかわからないが。
幼い容姿に似合わない博識さに思慮深さ。時折感じる悲しさは彼の過去に起因するのだろうか……。

「…ジューダスって、」
「……な、なんだ。」
「みんなのお父さんみたいだよね。ロニより歳下に見えるのに。」
じっと観察していると、彼にしては珍しく少し焦っているように見えた。感じたことをそのまま口にしてしまっていたらしく、ジューダスはずっこける。
彼の手を取って起き上がるのを手伝う。

「ただ、お父さんみたいに優しいなぁって思ったんだよ。気に障ったならごめん。」
「……いや、構わない。歳がいくつだと聞かれるのは慣れているからな。」
「…ロニだろ?」
「……察してくれ。…ん?」
声を漏らしたジューダスの視線を先を負うと、綺麗な水晶を見つけた。周りは廃墟そのものなのに、そこだけ神秘的な力を感じる。

「なんだろ、あれ?」
「見てみよう。」
小さく返答したジューダスは、その水晶を覗き込むと腕を組んだ。考え事をする時の癖のようだ。


「どうやらこれは水晶ではなく、氷の結晶らしいな。」
「氷…? この中は外よりかなりあったかいし…溶けてないってことはやっぱり封印か。」
「封印の場所には『あるべきものをあるべき場所へ戻せ』と書いてあったな。ではこの氷の結晶を周囲の水と同じように水へ戻せば……」
「まかして! 火属性の術得意だし!」
どんと胸を張ると、意識を集中させて手に晶力を集める。呼びかけに答えてくれた晶力たちに感謝をしつつ、術式を構成し始めた。

「──我が元に集いし炎、阻みし者を貫け!」
爆発するまでに高めた晶力を、一気に開放すべく手を掲げた。そして氷の結晶に向けると術式を組み立てる。

「フレイムランス!」
唱えると爆発的な晶力は槍と化し、氷に突き刺さった。じゅ、と氷の溶けていく音が聞こえる。
瞬間強烈な水蒸気が襲いかかってきた。結晶の核が水蒸気を操って、封印を守ろうとしているようだ。

「……あ、」
しまったと思った時、どこからか水の膜が放たれて水蒸気からフィアを守り、氷の槍が結晶の核を貫いた。数秒遅れて光の槍が降り注ぎ、結晶を完全に砕く。
へたり込んだフィアにジューダスが駆け寄ってくる。何が起こったのか分からなかったが、ジューダスがひどく心配そうな顔をしているのはわかった。

「馬鹿者! 加減せずにやる奴があるか!」
肩を掴まれて揺さぶられる。揺らしている彼の双眸を見た。
潤み、今にも泣きだしてしまいそうなほどに歪んだアメジストが覗き込んでくる。彼のその双眸を見た瞬間、どこかで感じた切ない感情が流れ込んできたのがわかった。

どこで感じたのか、どうして感じたのか、フィアにはまったくわからなかった。
 

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