Visibile ferita

 アクアマリンの面影




「ルナ!」
城門前まで来ると見知った影が凭れているのが見えた。こちらに気付いた彼は優しい微笑みを見せて片手を上げる。
すぐにカイルが走っていくと彼の名前を呼んだ。

「今まで忘れ物見つけてたのかよ?」
「ごめんね、思ったよりも時間かかっちゃった。すぐに見つかると思ってたんだけど…」
「おいおいしっかりしろよ。」
「陛下のところに行くより、ここで待ってれば入れ違いにもならないかなって思って。」
呆れ半分のロニの声にルナは困ったように笑う。そんな姿も様になっているなぁなんてぼんやり思ったフィアはみんなの歩調に合わせて速度を緩めた。
メンバーが揃ったところでカイルがルナを呼んだ。呼ばれたルナは驚いたようにカイルを見るとどうしたの、と優しい声を発する。

「あのねルナ…リアラが一人でどこかに行ってしまったんだ。」
「うん。」
「俺は英雄じゃないからいらないのかもしれない。でも、俺はリアラを助けに行きたい。だから……」
頷いたルナにカイルは呟くように言葉を紡ぐ。そして先程謁見の間で見せた確かな覚悟を口にした。
そんなカイルの決意を聞いたルナは穏やかに微笑む。白い指を伸ばすと言葉を続けようとしたカイルの唇を人差し指で封じた。

「だったら早く向かおうよ。」
「……え、」
いきなりの行動に面食らったカイルになおも笑顔を向けたまま、ルナは小首を傾げる。薄い唇が開かれ、柔らかい弧を描いた。
リアラを追いかけるのが当然だと言わんばかりの彼の反応に、カイルがぽかーんと口を開けたまま硬直する。

「くっ…あははは!」
カイルのことだ、ルナにも来てくれないかと頼むつもりだったのに先を越されてしまい、茫然としているのだろう。
そんなカイルには悪いが、フィアは噴き出してしまった。あまりにもカイルの間抜けな顔が面白かったからだ。そんなフィアの声にロニやナナリーも腹を抱えて笑い始める。
ジューダスも口元を押さえてはいるが肩はぶるぶると震え、おまけに押し殺せなかった笑い声も聞こえた。

「……僕、何か面白いこと言ったのかな?」
「みんな笑い過ぎ!」
そんな一行の様子にルナはきょとんと双眸を見開いて首を傾げ、カイルは顔を真っ赤にしてふくれっ面をする始末。
それを見てさらに笑う仲間たち。

『それは正しい。あいつは僕の……友人だ。』
『……は?』
『そしてお前も、僕の友人だ。……わかったか?』
『……。』
『笑うな! 何がおかしい!!』
『だってあの   が……友達…っ! あはははは!!』
『その通りなのだから仕方ないだろう!!』
優しい、穏やかな時間。過去にどこかで経験した懐かしい空間。
フィアの意識は陽光に照らされるアイスキャンディーのように、柔らかく溶けていきそうになる。ぼんやりとした意識の中で、どこかで見たあの憂いを帯びたサファイアが静かに輝いた気がした。
穏やかそのものだったフィアの心はその静かな輝きを感じた瞬間、どっと不安の波が押し寄せてくる。先程まで感じていた安心感が嘘のように、ざわざわと生ぬるい風がゆっくり頬を撫でていくような──不安が胸の奥からこみ上げてくるような、そんな嫌な感覚に陥った。
目を見開いたフィアの肩を、誰かが支えた。振り返れば、そこにいたのは優しい笑みを浮かべる──…。


「……青…?」
「フィア?」
「…っ、ごめんごめん、ぼーっとしちゃってさ! じゃあ早くリアラに追いつこうか?」
「そうだね! じゃあ行こう!」
ぼんやりしたままその色を口にすれば、近くにいたカイルが首を傾げた。彼の声が鼓膜を震わせると、急に夢から覚めた時のような妙な感覚が襲う。
心配そうに眉を下げるカイルに、フィアは笑顔を向ける。ひどくぎこちない作り笑顔だったが、カイルは何も聞かないでくれた。


『…そっか、じゃあ言いたくなったら言ってくれよ。俺、いつでも聞くからさ!』
どこかで聞いた優しい青年の声が耳を打った。同時にまた視界が揺らぐ。よろよろとふらつき城門に寄りかかるフィアを見て、ジューダスが密かに眉を顰めた。
しかし彼の視線を遮るように華奢な体が入りこむ。綺麗で繊細な髪を揺らして、彼はフィアに合わせて少しだけ身を折った。

「フィア…具合、悪いの?」
「ルナ……大丈夫だよ…ちょっとふらっとしただけ。敵地に行くから緊張してるのかな?」
「……そう…。無理はしないでね?」
「うん、ありがと。」
えへへと笑ってごまかす。ルナは何か言いたそうにしてはいたが、何となく察してくれたのかそれ以上は何も言わないでくれた。
念押ししたルナは儚げに微笑むとそのままフィアの隣を陣取り話に参加し始める。


「光に包まれて消えたってことは力を使ってアイグレッテまで飛んだんだろうな。」
「こうなった以上、こっちも飛んでいくしかないな。」
ロニの言葉に返したのはジューダスだった。突拍子もないことをさらりと言ってのけた彼とは反対に、彼以外みんなが目を剥く。
全員のそんな反応は予想済みだったのか、ジューダスは目を閉じたまま壁に凭れて冷静な態度のまま目を閉じた。

「飛ぶって……どうやって!?」
カイルが空色の双眸を見開いてそっと空を仰ぐ。皆の不安とは裏腹に、空は雲ひとつない晴天であった。

「ここの近くに、天地戦争時代の地上軍の駐屯地がある。僕の記憶に間違いがなければ、そこに飛行艇があったはずだ。」
「飛行艇……」
「飛行艇って、空を飛んで行こうってのかい!?」
返答したジューダスの言葉に、ルナが小さく呟いた。しかし彼の声はナナリーの驚いた声にかき消されてしまう。
ひどく驚いた様子でナナリーは真っ赤な髪を揺らす。
真紅の長髪はフィアに誰かを思い出させた。優しくて、おおらかで、可愛いものが大好きなひと。厳しい現実にも負けず、諦めなかった前向きなひと──。

ぼんやりした意識のまま、フィアは一行の会話を聞いていた。
ところどころに散らばる記憶の破片は、粉々に砕かれているかのようだ。小さすぎて見つからない。何の変哲もない場所から息を吹き返してはフィアを刺すように刺激していく。痛みを我慢してやっと掴めるところまで来ると、痛みが嘘のように遠ざかっていく。


(俺は一体だれなんだろ……)
切ない空虚を埋められるのは誰もいない。その空虚は自分が無くしてしまった過去なのだから。
思い出す他に、空虚な胸の穴を埋める方法はないのだ。
 

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