Visibile ferita

 初めましてノスタルジー






雪の積もる煉瓦造りの建物は雪国ならではだ。
ハイデルベルグに到着した一行は、足早にハイデルベルグ城へ向かった。
よそから来たフィアたちが道を尋ねると、快く答えてくれる。住人たちは気さくで暖かな人柄のようだ。
治める主が良き統率者なのだろう。気候こそ厳しいものだったが、そこに根付く文化や人々の気風は暖かいものだった。

カイルたちと別れたフィアは博物館の中を歩く。誰に言うでもなく一人呟いた。

「これが四英雄、か。」
フィアは歩を進めた。並んで飾られている肖像画を見ながら、フィアはぼんやり思う。
この平和も、この世界も、彼らが守ったのだ。

スタン・エルロン。その隣を見るとルーティ・カトレットの名前があった。
彼らはカイルの両親だ。ロニの両親とも言える。
この肖像画からは大まかな雰囲気しか伝わってこないが、スタンの大らかさとルーティの気の強さが確かに彼らにも備わっているように思えた。

フィリア・フィリス。
アイグレッテの司祭を務めている女性だ。会ったことこそなかったが、フィアも何度か姿を見たことがある。
リンカがよく彼女に会いに行っていたはずだ。知的で淑やかな女性だったことは覚えている。

ウッドロウ・ケルヴィン。
今カイルたちが謁見に向かったファンダリアの国王だ。
肖像画からでも品があることが窺える。冷静そうな彼はパーティのまとめ役でもあったのだろう。



彼ら四人の肖像画の額縁には金が使われており、一目で彼らの功績がわかったような気がした。
肖像を称えられるほどの、大きな救いを…彼らはこの世界に齎したのである。

そのまま進んでいくと、今度は彼らに協力した旅の仲間たちの肖像画もあった。


マリー・エージェント。
チェルシー・トーン。
ジョニー・シデン。
マイティ・コングマン。
名前と顔を見ていく内に、なんだか酷く悲しい気持ちになった。
時間に取り残されてしまったような、そんな錯覚だった。頭を振って気を取り直す。
博物館の中にはソーディアンのレプリカや、時代の年表なども置かれていた。リーネの村でジューダスが言っていた近代史に相当する内容もいくつか見受けられる。


「あれ、なんでこの二枚だけ…こんなに離れたところに」
やがてフィアは四英雄とその仲間からは随分と離れた場所にあった、最後の二枚に行き着いた。
そこには赤と青が印象的な少女と少年の肖像画が、ひっそりと飾られている。その肖像画の前には大層立派な碑文が置かれ、弔うかのように花が一輪添えられていた。

「え、花置いてある…。亡くなった、人ってこと…?」
妙な胸騒ぎを抑え、少女の肖像画に顔を寄せる。肖像画の下に掲示されていたプレートには名前、そして碑文には彼女が騒乱において何をしたのかが記されていた。
他の人物に比べると長い説明になっているようだ。なぜか興味を引かれ、最初の一行に指を置く。




天日の女神 アリア・スティーレン。
セインガルド城にて客員剣士として働いていた少女。
神の眼を巡る騒乱にて四英雄を助けた仲間の一人。高雅の英雄同様、騒乱最大の被害者である。

女性であったにも関わらず、男性相手でも引けを取らない力の持ち主であったという。
剣術もさながら、彼女の特筆すべき箇所は晶術において天才的な才能を有していた点にある。
現在は晶術の仕組みを学べば誰でも術を使用できるが、十八年前当時は、ソーディアンがなくては不可能であった。
ところが彼女は技術を学んだわけではなく、自然とこれをやってのけていた。
この才能が王に認められ、王室の晶術研究に貢献するのを条件に登用されたと言われている。

今現在、学びさえすれば晶術が誰でも使用できるのは、彼女の協力があってこそである。


彼女は過去の記憶をなくしていたにも関わらず、笑顔の絶えない明るい性格だったという。相手が誰でも物怖じせず、はっきりと物を言う女性で街の住人からも好かれていた。
下町出身ながらも王からの信頼は厚く、反面貴族との折り合いは少々悪かった様子。

彼女は裏切り者リオン・マグナスの部下だった。
そのためヒューゴの思惑にいち早く気がつき、単身計画を阻止しようとした。
しかし一歩及ばず、その儚い命を散らす。四英雄が駆けつけたときには息を引き取っていたという。本人が自分の年齢を覚えていないので享年ははっきりしないが、外見などで十六と判断されている。
また、晶術研究に大きく貢献したとして、死後勲章も贈られている。

密かに埋葬されたが、その墓標は知らされていない。



文面に記される残酷な現実に、フィアは動けなくなった。
時計が電池切れを起こしたときのように、なだらかに思考が止まっていく。何かから逃げるように隣の青い肖像画に視線を移した。
穏やかに微笑む少年は、どこか悲しそうに見える。フィアは少年の名前を確認した。そして、目を見開く。

「カノン・クルフェレン…」
彼は、フィアの記憶の鍵になりそうな高雅の英雄だった。
急いで碑文に駆け寄る。最初の一文に指を置いて、集中して目を通した。





高雅の英雄 カノン・クルフェレン
セインガルド王国客員剣士の少年。
神の眼を巡る騒乱にて四英雄を助けた仲間の一人。天日の女神同様、この騒乱最大の被害者である。

儚げな雰囲気の美麗な佳人で、類稀なる美貌の持ち主。
穏やかで、柔和な笑顔が印象的な心優しい性格であったという。
その美貌とは裏腹に戦闘能力は高く、捕らえた悪人の数も多い。天日の女神の救出、そして彼女が客員剣士になったのも彼の働きが大きいと言われている。

また、彼は私財を国民のために使ったことで有名である。特に孤児院への寄付に非常に力を入れており、積極的に奉仕活動にも参加していた記録が残っている。
子供好きな一面もあり、お菓子を持って孤児院を訪問していたとの記録もある。

ソーディアン・アークのマスターであり、マスターとしての資質や能力は非常に抜きん出ていたという。
その能力で大いに四英雄の手助けをしたが、騒乱の中で命を落とす。享年十七才。
彼がいつ亡くなったのかは諸説あり、どれが正しいかは不明。真相は四英雄のみが知っている状態である。

騒乱の終盤ではリオンの裏切りとアリアの死が起こり、二人の客員剣士が突如姿を消したことによって、非常に切迫した立場に置かれた。
今では彼の心労を悼む声も多い。



「え――な、なに…!?」
震えが止まらなくなって、自分の腕を抱いた。なぜこんなにも震えているのか自分でも理解できないほどだった。
哀れなほどに震える体。自分が怖くなった。

「フィア?」
膝がいうことを聞かず、その場にへたり込んでしまったフィアの肩に誰かが触れる。
弾かれるように振り返るとそこにはルナがいた。驚いた顔をして、心配そうにフィアを覗き込む。

彼の蒼い双眸を見た途端、震えが弱くなっていく。色のお陰か、気持ちが落ち着いたようだ。
しかしまだ少し震えているようだ。
心配してくれたのだろう、ルナは何も言わず背中を撫でてくれた。落ち着くのを待つことにしたフィアは俯いて目を閉じる。
暖かいわけではなかったが、不思議と気持ちは和らいでいった。

「ありがとルナ、もう大丈夫!」
「よかった。」
震えなくなってもなお、ルナは背をさすってくれる。顔を上げて礼を言うと彼は眉を下げてほっと息をついた。
微笑んだ表情は心底心配してくれていたようで、なんだか申し訳なさまで感じた。

「ごめんね、びっくりしたでしょ?」
「びっくりはしたけど、フィアが落ち着く方が大切だから。」
「えへへ、ほんとごめん。でももうへーき!」
照れくさい思いから茶化すように笑うと立ち上がる。
ルナも安心したように笑みを見せたが、急に神妙な顔になってフィアを覗き込んできた。


「…何か、思い出すことあった?」
「あ」
彼なりにオブラートに包んで聞いてくれたのだろう。
しかし体の震えがあったのみで、フィアの記憶自体には何の進展もなかった。それを思い出したフィアは間抜けな声を出す。
「無理に言わなくても大丈夫だよ。気持ちが整理できるまでみんなにも黙っておいても……」
「ううん」
彼はそんなフィアの様子を見て、慌てたように捲し立てた。それに首を振ってフィアは出口に向かう。
「フィア? 何かわかったんじゃ……」
背に投げかけられた疑問にフィアは困ったような顔を見せて返した。

「ぜんっぜん、なーんにも、思い出せなかったの」





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