Disapper tear

 蒼海に沈みし遺物とは






「大変だ! 雲行きが怪しくなったと思ったらでっかいのが出たぞ。」
甲板に出て、見張りをしていたマリーが船室に駆け込んできての第一声がこれだ。
いつもほんわりとした空気を纏っているマリーが、戦闘になると途端に凛々しい女性になるのはこれまでにも幾度か見て来た。

「…行くぞ。」
今回も例にもれず、マリーは嬉々として斧を握っている。
そんな彼女を見たリオンが読んでいた本を閉じ、シャルティエを掴んで立ち上がった。


彼の後をついて甲板に出る。そこに待ち受けていたのは巨大なドラゴンのような生き物だった。
大きな口から覗く牙は、舳先を噛み砕いてしまいそうな鋭さを持っている。


「……?」
見るからに凶悪な見た目を見て各々武器を構えたが、アリアはドラゴンから敵意を感じないことに気付いた。
そんなアリアの隣でスタンがディムロスを見る。


「海竜? ディムロス、見えるのかよ。」
『ああ、お前を通して感じることが出来るんだ。しかし海竜がこんなところに…』
ディムロスが声を震わせる。リオンがその海竜と呼ばれたドラゴンを見上げた。


「レンズ動力のようだな。過去の遺物か。」
「戦うっきゃないわね。」
ルーティが意気込み、素早くアトワイトに手を伸ばすがそれはフィリアによって阻まれてしまう。
そんな彼女はドラゴンに視線を向けると、なんとその大きな口へと歩いていくではないか。

「フィリア! 危ないぞ!」
「そうよ! 早く戻んなさいよ!」
すぐに気付いたスタンとルーティが彼女を呼び止めるが、フィリアは振り返るとにっこりと微笑んだ。

「大丈夫ですわ、スタンさん。私を…呼んでいるのです。」
「え?」
スタンが目を見開いたのにも反応せずにフィリアはドラゴンの口の中へと入って行ってしまう。
隣でマリーが耳を澄まし、周囲の音を聞いている。しかし何も聞こえないらしく、彼女は首を傾げた。


「どーすんのよ! こうなったら吐き出させるしか…」
「待ってルーティ!」
「なによアリア! 手掛りなくなっても良いって言うの?」
「んなこと言ってないって、このドラゴンは敵じゃないからってこと。」
半ばやけになっているルーティを呼ぶ。彼女は怒り心頭の様子でアリアを振り返った。
丸腰で禍々しいドラゴンの内部に入って行ってしまったフィリアのことが心配なのだろう。そんな彼女を宥めるように笑顔を向けると、きょとんと目を見開かれる。



「どういうことだ。」
「このドラゴン、敵意を感じない。あるのは……」
紫水晶を煌めかせて、リオンがこちらを見た。それに笑顔を返してアリアはドラゴンの瞳を見る。
無機質な瞳ではあるが、まったく感情がないわけではない。それに自分はそういうものを読み取るのが得意なのだから。

「ん、そうだな…」
彼の感情がキャッチ出来たアリアは頷いて、そしてこちらを眼光鋭く見据える紫水晶を見た。



「……懐古。」
「こんなドラゴンが、いつの昔を懐かしむって言うのよ?」
「…わかんない。気持ちは何となくわかるけど、通訳は出来ないもん。」
ね?
ルーティの声に肩をすくめて笑ってみせる。
リオンが盛大な溜め息をついているが、そんなことは気にせずアリアは静かにこちらを見ているドラゴンに笑いかけた。

ドラゴンは変わらず静かにそこに佇んでいる。



「あー…もう! 俺心配だから行くからなっ!」
「スタン! …しょうがないわねー……!!」
叫びながらドラゴンの口の中へと単騎特攻していったスタンを見てルーティが頭を抱えた。
そんな彼の後を追って、ルーティもアトワイトを抜き放つと同時に飛び込んでいく。


「先に行ってるぞ。」
赤毛を揺らし、にこやかな笑顔と斧を携えて、マリーが彼らの後を追っていったのは言うまでもない。


「一刻も早くカルバレイスに着かねばならないというのに……」
『坊ちゃん、旅に試練はつきものですよ。』
盛大な溜め息がもう一つ吐き出された。それにコアクリスタルを輝かせてシャルティエが反応する。
そんなシャルティエの苦みを含んだ笑いに、リオンも肩を落とした。



「……仕方ない…行くぞ、シャル、アリア!」
「了解でーす。」
『はい、坊ちゃん。』
桃色の外套がばさりと舞い、身を翻したリオンは軽い身のこなしでドラゴンの口の中へ入った。
アリアもそれに続き、跳躍して口の中へお邪魔する。

ふと視線を感じて振り返ると、水夫たちが不安そうな顔でこちらを見ていた。彼らを安心させるように笑んで、アリアは音を発することなく唇を動かす。


だいじょうぶ
そう伝えれば、水夫たちはお気をつけてと手を振ってくれた。
嬉しく思いながら彼らに手を振り返すと、周囲が真っ暗になる。ドラゴンが、口を閉じたのだろう。

目を閉じ深呼吸してから、アリアは背中の剣に手を添えて開けた視界を見据えた。



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