Disapper tear

 聖母のような彼女の瞳こそ、






「その方ら、自分たちのしたことが分かっているのだろうな。」

セインガルド王国国王──。
威厳たっぷりの声はアリアを震わせるには十分だった。さすがは長年、この広い国を纏めて来ただけのことはある。

てっきり怯えるものだと思っていたのだが、スタンは王に仕官したいと申し出たのだった。
その呑気さにリオンはもちろん、ルーティも頭を抱える始末。没収されたソーディアンたちもこの光景を見たら呆れ返るだろう。


「……」
アリアは王とその臣下ドライデン、そしてその近くにいる黒髪の男をこっそり盗み見る。

ヒューゴ・ジルクリスト。
この世界の生活の利便さに大きく貢献している組織──オベロン社の社長。そしてアリアの怖い上官、リオンの父親でもある。
そんな男はおよそ考古学者とは思えないような鋭い瞳をスタンたちに向けていた。
その隣では玉座に坐している王が、ストレイライズ神殿からの連絡が途切れたことに頭を抱えている。それにスタンが名乗りを上げるが、ドライデンに一喝されてしまうのだった。


「衛兵、この男を押さえよ。」
ヒューゴがそう言うだけで衛兵たちは動いた。
目の前に王が坐しているにも関わらず、周りの兵を動かすヒューゴにアリアはいつも違和感を覚える。
命令通り衛兵たちがスタンを取り押さえた。あ、と声を上げる暇もなく、スタンの輝く金髪の上にはティアラのようなものが装着される。


「こちらをご覧ください、陛下。…リオン、」
「これは…?」
「それを押すのだ。」
「……はい。」

「のぎょげわぎー!?」
アリアの隣にいるリオンがヒューゴからなんらかの装置を受け取った。
首を傾げたリオンにヒューゴはボタンを押すように命じる。リオンがそれに応じると、スタンが謎の叫び声を上げながらびりびりと感電した。

なるほど、どうやらあのティアラは遠隔操作で電流を流す仕組みになっているのだろう。



「今はほんのいたずら程度の電流を流したに過ぎませんが、これを無理矢理外そうとすれば致死量の電流が流れる仕組みになっております。」
「なるほど。逃走は不可能というわけだな。」
「ええ。監視役をつければ大丈夫です。リオンを行かせたらと存じますが。」
「なるほど……しかし…」
王の眉間に深く刻まれた皺は、事の深刻さを現している。
首を傾げては頭を振る王はついに決心したのか、その重い口を開いたのだった。



「実は…皆の者、これは他言無用だぞ。ヒューゴ、神の眼は知っているな。」
「古の戦争で使われたレンズだと聞いておりますが。」
王の苦しげな表情、本来ならこれは王家の者以外に漏らしてはいけない情報なのだろう。
アリアはそんな情報をヒューゴに言うのを躊躇っていた王の気持ちもわかる気がした。ヒューゴに弱点を握られてはいけないような気がしてくるのだ。

「それが、ストレイライズ神殿にあるのだ。」
「なに……!? 陛下、それは本当でございますか!?」
王の言葉にドライデンが目を見開いた。
常に冷静で兵士の鏡と謳われる模範的なドライデンがそこまで驚きを露わにするということは、相当のことなのだろうとアリアは思う。

「ほう……」
ドライデンに反してヒューゴの落ち着きっぷりは異常だ。
おかしい。何故一般市民だったはずの男が、そんな過去の遺物のことを知っているのだろうか?

(なんであの人、あんなに落ち着いてるんだろ…)
人の何十手も先のことを見ているような、そんな得体の知れない不気味さを常にヒューゴから感じていた。
それ故に、アリアはヒューゴが苦手だ。

気を取り直してリオンを見ると、彼は端正な顔を不機嫌に歪めている。



「そんな大切な場所にあいつらなんて派遣したら……」
確かにそれはアリアも思っていたことだが、しかし話はそう決まりつつあるのだから仕方ない。
それもヒューゴの進言によってだ。
話がまとまり、スタンたちは謁見の間を出される。


「……んじゃ自分も失礼しまーす。」
「アリア、待ってくれないか。」
「…? どうかしましたか、王。」
やることもないアリアも王に一礼した。頭の後ろで腕を組み謁見の間を出ようとしたアリアは、王に呼び止められる。
不思議に思って振り返れば、そこには王とドライデンのみが残っていた。


「アリアよ、そなたもリオンに同行してはくれないか?」
「え……」
驚きで目を見開くアリアに、王は真摯な瞳を向ける。
それは身寄りのないアリアを拾い、今の地位を与えてくれた王が初めて見せる懇願の感情だった。

「この任は重要なものだ。信頼のあるものをつけておきたい。」
言外にリオンが信用ならないと言っているように聞こえる。しかしアリアは王の目に映る感情を読み取れた。
リオンのことも可愛がってきた王のことだ、単純に心配なのだろう。

「……そなたらにならば任せられる。頼まれてくれないか。」
「分かりました。」
「大変な任だ、途中でもう一人客員剣士を派遣しよう。」
「ありがとうございます。」
頷けば王は安心したように溜め息をついた。そしてドライデンが近付いてきて頭を撫でられる。
それに驚けば、彼は小さな声で気をつけろと一言残し王に一礼すると去って行った。

「そなたが心配なのだろう。ドライデンからしてみればそなたは娘のようなものだからな。」
にこりと笑った王は、すぐに緩めた頬を引き締めてアリアを見る。
その様子が分かったアリアも背筋を伸ばして彼を見た。


「客員剣士アリア・スティーレン。そなたに任を言い渡す。」
「はい。」
「いち、ストレイライズ神殿に向かい、連絡が途絶えている理由を解明すること。」
王の声に頷き、アリアはその先を待つ。王は大きく頷いてその先を続けた。


「いち、何かが起こっている場合、全力でそれを阻止すること。」
「アリア・スティーレン、その任確かに承りました。…それでは失礼します。」
「ああ。…神の眼を、頼むぞ。」
「はい!」
深く礼をして、アリアは謁見の間を出る。
外は太陽が高く昇っていた。

 


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