Disapper tear

 赤い実を選り分け巡り会う







「んー…」
目を開ければ眼前に少女の顔があった。
髪を高い位置で結わえている。噴水のように枝分かれしている桃色の髪が揺れて、少女は首を傾げた。


「あ…だいじょうぶですか?」
起き上がると少女は心配そうにアリアの顔に覗き込んで来た。
顔色が良かったのに安心したのか、少女は笑顔になりちょっと待っていてほしいと残して部屋から出て行く。

しばらくすると少女は長身の男を連れて戻って来た。男は雪のような銀髪を肩まで伸ばしていて、青色の瞳に厳かな光を湛えている。


「ウッドロウさま、アリアさん目さめたみたいです。」
「そうか…。アリア君、体は大丈夫かい? スタン君から話は聞いているよ。大変だったね。」
ウッドロウ、と呼ばれた男は柔らかな笑みをアリアに向けた。彼の名前に聞き覚えがあったのだが、どこで聞いたのかいまいち思い出せない。
訝しげに見ていたのが分かったのか、ウッドロウは苦笑いを浮かべた。それに気付いて慌てて彼の言葉に返答する。
「あ…はい。大丈夫です。お心遣い感謝します。」
見た目からして年上のウッドロウには敬語を使って頭を下げる──と、そこにどたどたという足音が響いた。
この落ち着きない足音は先程一緒に心中するかもしれないと思った金髪の青年──スタンだろう。


「アリア! 大丈夫か!?」
「俺は大丈夫だよ。」
「そっか、よかった!」
勢いよく入ってきたスタンに大丈夫だと伝えて笑いかけると、スタンは満面の笑顔で息をついた。
スタンは少女をケヤキの木まで迎えに行っていたという。起きたばかりのアリアには話の筋がさっぱりわからなかった。






「それじゃスタン君はセインガルドへ行く途中だったんじゃな。」
「ええ。」
穏やかな笑顔を浮かべて、少女・チェルシーの祖父であるアルバという老人がスタンへ問う。
その問いを受けて、掬ったスープを口に運んたスタンは笑顔で頷いた。


「名を上げたいならダリルシェイドに行ってひとまず国軍にでも仕官するかの。」
「それもいいかもしれませんね。まだ何も決めてないんですけど…」
アリアはというとスープをスプーンですくい、ぱく、と一口。スタンの会話なんてものはそっちのけでスープを啜っていた。


「むぐ…」
それほど美味なスープなのだ、起きてから今まで腹の虫が収まらなかったアリアにはスタンの話よりもスープが大事。
スタンよりスープ、スタンの将来よりスープ、スタンのこれからよりもスープの方が大事だった。

「どちらにせよジェノス経由になるな。」
「ジェノスって?」
アルバの隣に腰かけていたチェルシーもつぶらな瞳を祖父に向けつつも、スープを啜ることを忘れない。
彼女にとってもスタンの話よりも自分の腹を満たす方が大切なのだろう。



「セインガルドとファンダリアの国境にある街だ。この大陸が二つの大国に分かれている事は知っているな。」
「ええ。南がここファンダリア、北がセインガルドですよね。」
「さようさよう。」
それくらい当然だろうよ。スタンは一体どれくらい田舎から出て来たんだ。
そう思いつつもアリアはやはりスープを啜る手を止めない。


「スタン君、食事が終わったら私がジェノスまで送っていこう。どうせ昨日発つつもりだったのだ。」
いち早く食事を終えたウッドロウがナプキンを取り、口元まで持っていった。
その動作には一切の無駄がなく、洗練された気品を感じる。

(ウッドロウさんって…なーんかどっかで見たことあんだよなぁ……。)
自分には一生かかったって真似できないような、生まれ持った何か。それをウッドロウは持っている。
そして不自然なほどの既視感。それを思いつつもやはり手は止めない。




「おかわり、ありますよ?」
「マジで!? チェルシー、もらっていい?」
「はいっ!」
それほど気に入ったのかと声をかけてくれたチェルシーに皿を渡す。
彼女はにっこりと可愛い笑顔を向けて皿を受け取ってくれた。



(可愛いなぁ。)
自分にもあんな過去はあったのだろうか。
過去の記憶のない自分を、少しだけ悔しく思ってしまった。


 


prev / next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -