Disapper tear

 紅い瞳は閉じられて







「早く帰っておいでよ?」
「なるべくね。」
シルクの糸みたいな、綺麗な髪の毛が揺れた。その持ち主である同僚兼友達の少年──カノンは曖昧に笑いながら振り返った。
この調子だと早く帰ってくる気は全くないだろうな。色んなところに寄り道して何かしら手伝ってくる気だ、絶対そうだ。
今回の騒動で国家が解体しちゃったアクアヴェイルまで手伝いに行くつもりかもしれない。

「カノン様、お気をつけて。」
「うん、気を付けて行ってきます。」
「カノン様、これ……どうぞ…っ!」
「わぁ、ありがとう。大切に使わせてもらうね。」
ヒューゴ邸の使用人たちがカノンを囲む。餞別にアイテムやらグミやら装飾品やら色々なものを貰って、カノンの荷物は増えて行く一方だ。
ずっしりと貰い物を抱えるカノンは、困ったような笑顔を見せている。こんなに荷物が増えるとは思ってなかったんんだろ、きっと。

「愛されてんなぁ、カノン。」
必要最低限の物だけ持って、一人でふらーっと街を出て行くようなフリーダムだけど優しい客員剣士様。
今回も同じようにアークと少しのお金と、小さい荷物だけ持って、こっそりと出て行くつもりだったんだろうなぁ。
「カノン様ー!」
「行ってらっしゃいませ!!」
「カノン様、早いお帰りをお待ちしています!」
「ありがとう。」

気付けば使用人たちの他にも、街の住人が何人も混じってた。
これだけ大騒ぎしてればそりゃ気付くよな。

街の住人たちも早く帰ってきてねとか、帰りを待ってるよ、とか色々と声をかけてはカノンに果物やら食べ物やら渡してた。
客員剣士とひとえに言っても、いろーんなやつがいるけど、カノンは街の人にかなり好かれてる方だろうと俺は思う。
カノンは自分の私財を孤児院や道路の整備の費用へ寄付するとか、ダリルシェイドのために使ってるもん。災害があった時の慰問にも進んで参加してるし、そういう時にも多額の寄付をしてるし。
客員剣士という立場でそういったことを続けていることがカノンのすごいところだった。
他の客員剣士は実力で成り上がったやつの他に、貴族のお坊ちゃんとかで元々お金持ちーなやつも多い。成り上がりのやつはお金を自分の生活や装備のために使う。お金持ちのやつらは自分の趣味に使う。
少なくとも、この国の剣士たちはみんなそう。

なのに、カノンはそいつらとは優先する順位が違う。国民のことが優先、自分のことはその次。必要最低限だけは自分に使うけど、それ以外には興味なさそうで使い道もないから寄付してるとか前に聞いた。


お金にあんまり執着しなくって、国民のことを優先的に考えてくれる、王様からの信頼も厚い、強くってかっこいい剣士様。
あまりにも出来すぎてて、フィクションの世界の住人なのかと思うくらいカノンはすごい人だ。

街の住人はカノンに絶対の信頼を寄せている。
カノンもそれに応えるのは当然の義務だと思っているみたいだし、上手いこと釣り合いが取れていると思う。

ただひとつ、無理してても顔に出さなそうなんだよね。
だから、スタンなんかはすごく気にかけてたんじゃないかなぁ。お人好しだし、ああ見えて結構鋭いから。


「…ふん、くだらん。」
「とかなんとか言っちゃって、実はリオンやきもちだったりしてー!」
「っ、そんなわけないだろう! 僕は……!!」
声をかける前にカノンが使用人たちに攫われてしまったからか、リオンがそっぽ向いてつまらなそうに呟いた。
俺が挑発するように顔を覗き込むと、リオンは白いほっぺを真っ赤っかにしてぶんぶん首を振った。

ありゃ? 取り乱すなんて珍しいなぁ。

「あ、カノン! こっちこっちー!」
リオンが何か言いかけたところでカノンがこちらに歩いてくるのが見えた。
気付いて手を振ると向こうもひらひらと手を振ってくれる。街の住人やら使用人は固唾を飲んでこっちを見ていた。
な、なんだよ。そのぎらぎらした目……変に怖いよ。

「わー、すごい量!」
リオンも俺とおんなじように、カノンの方を向いた。
カノンは両手にたくさんの餞別を持っていた。カノンは細身だから、なんか重そうに見える。
困ったように笑ってるカノンは、出かける前から少し疲れてるっぽかった。

「だいじょーぶ? もってけそう?」
人ごみに揉まれるってのは体力持ってかれるもんな…。
声をかけるとカノンは苦笑して頷いた。
「なんとか、って感じかな? まさか、こんなに人が集まるなんて思ってなかったよ。」
「あはは、黙って出て行く気だったんだ?」
「それはそうだよ。僕の見送りよりも、みんな大切な仕事があるでしょ?」
「わかってないなー。みんなそれだけカノンがだーいすきってことなんです!」
「……そうかな。そうだと、とっても嬉しいんだけどな。」
「そうだって!」

(……なんだろう。なんか、なんか変だな。)
他愛ない、何気ない、いつも通りの会話。
なのに……何かが引っかかって、違和感を感じた。ファンダリアのハイデルベルグ城で感じた底の知れない、理由のない不安が蘇った。
浸食されてじわじわと濁っていくような、そんな不思議な感覚が胸の中を駆けていく。



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