Disapper tear

 月自らを憂うこと能わず





「……。」

眺めのいい見張り台に座り込んだカノンは、小さく息をつく。
リオンの視線が厳しいのに気付いていたから抜け出してきたのだ。

あそこでアリアが声を上げてくれなかったら、体調が悪いことを指摘されてしまっただろう。
そうしたら一同はカノンの体調を気遣うだろうから。

抱えていたアークのコアクリスタルがちかちかと光った。おそらく眠りから覚めたのだろう。


『カノン、本当にお前大丈夫なのかよ?』
「大丈夫だよ。慣れっこだもん。」
『そうじゃなくてだよ。さっきふらついた時もわざとじゃなかっただろ。スタンが支えてくれなかったら、お前マジでこけてたんだぞ?』
「それは……仕方ないよ。バティスタの怪我、すっごい重かったんだもん。」
『あのな……』
「それにこれは僕への罰だよ。……人をあんな風に傷つけたんだから。」
そこまで言えば、アークは反論しなくなった。コアに向かって微笑むとアークからは溜め息が発される。
かなり呆れているようだ。


『ホント無理しないでくれよ、マスター……』
「…ごめんね。」
アークの心からの願いだった。しかしカノンは曖昧に微笑む。



「とぼけるな。お前の狙いはグレバムではなくティベリウスだろう!」

『なんだ?』
「フェイトさんとジョニーみたいだね。」
『なんか口論してんなー……』
ここで身を乗り出すと気付かれかねない。なのでカノンは聞くのに徹することにした。
乗り出しかけた身を縮め、見張り台に座り込む。ここはマストの上に位置するのだ、下手なことをしない限り気付かれないだろう。


「お前は、エレノアの仇を討とうとしているんだ!」
「俺はそんなこと一言も言っちゃいないぜ?」

『かたきぃ?』
緊迫した空気のフェイトに相対して、ジョニーは飄々とした態度を一貫している。手元のアークが訝しげな声を上げた。



「いつまで彼女のことを引きずるつもりだ? 忘れろとまでは言わないが、いい加減前を見るべきじゃないのか?」

フェイトの声は、だんだん悲しみを帯びて苦しそうになっていく。
しかしジョニーはそんなことを気にも留めずに……いや本当は気付いているのだろうに、いつも通りに道化を演じる。



「……もういい。勝手にしろ…。」

そう言ったフェイトはどうやら甲板から出て行ったようだ。
違うって言ってるのに、とジョニーがぼやいたのが聞こえた。


「思い込みの激しいやつだぜ……そうは思わないか? スタンにリオン、それに……アリア。」

「げっ、ばれてたの?」
「すみません、立ち聞きするつもりはなかったんですけど……」
(アリアもいたのか……)

スタンとリオンが何か話しているのはわかっていたが、まさかアリアがいるなんて気付いていなかった。
小さく溜め息をついたジョニーは、いつも持っている愛用の楽器を鳴らす。



「…今からするのはあくまで作り話だ。」
適当に聞き流してくれ、と言ったジョニーは語り始めた。



昔、一人の男がいた。
男には親友と、幼馴染みの女性がいた。
三人はいつも一緒で、皆若く……夢に溢れていた。

やがて男の親友と、幼馴染みの女性が恋に落ちた。
男は親友と女性の気持ちを知り、上手くいくよう取り繕ったらしい。

しかしそんなある日、女性が悪者にさらわれてしまった。
悪者は強大な力を持っていた。男も、そして彼の親友も太刀打ちできなかった。

やがて幼馴染みの女性は我が身を儚み、世を去った。


内容は大体こんなものなのだろう。
そこまで語ったジョニーは演奏を止める。不思議に思ったスタンが先を促すが、どうやらこれで話は終わりらしい。



「なぜ…その話を今、僕たちにした?」
「無論、ただの気まぐれさ。」
ジョニーへ尋ねたリオンの声は、疑問に満ちている。
軽くリオンへ返答すると、ジョニーは船室へ戻ったらしい。足音が遠ざかっていく。


「どういうことなんだ?」
「まさか……ジョニーのやつ…」
リオンの呟きが聞こえた。勘のいいリオンのことだ、何を差しているのか理解できたのだろう。
頭だけを出して見てみれば、アリアも深刻そうな表情で眉間に皺を寄せていた。

スタンだけは何が何やらわかっていなかったようだが。


カノンもあまりわかっていなかったが、たった一つ理解できた。



「ジョニーが狙っているのはグレバムじゃない。『幼馴染みの女性の仇である悪者』…ティベリウス、だ。」
敵討ちなんてしても彼女は戻ってこないし、戻ってきたとしても喜ばないだろう。
それにもう一つ、カノンには引っかかることがあった。


(お膳立てしたってことは、それだけ大切に思っていたということ。幸せになってほしかったから、そんなことしたんだろう?)
彼女に幸せになってほしかったから、自分は身を引いた。親友の方が彼女を幸せに出来ると思ったから。
その気持ちを持つということは…幸せになって欲しいと思うほど、彼女が大切だったのではないのか。


「だったら彼女を愛していたのは、君だって同じだったんじゃないの…? …ジョニー。」
そう呟いて、カノンは目を伏せた。
遠い昔の思い出したくもない過去が、瞼の裏に鮮明に蘇る。それをかき消すようにアークを抱くと、カノンはそのまま意識を手放した。

 


prev / next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -