Disapper tear

 暑くて冷たいお国柄




「あんたら、どこから来たんだい? よそ者のくせにうるさくはしゃぐんじゃないよ。」
「え……?」
いきなり冷たい言葉をかけられ、スタンはぎょっとした。後ろを向けば酷く簡素な服を着た女が立っている。
その目つきはとても冷たく、そしてこちらを拒絶していた。


「全く、お気楽なこって羨ましいねえ。」
「あの…うるさかったのなら謝ります。でも俺たちは…」
「無駄だぜ兄ちゃん。」
気に障ったのなら謝らねばならないと思ったのだが、丁度そこを通りがかった水夫が笑う。
彼らは豪快に笑って、スタンを呼ぶと女を見たまま続けた。


「カルバレイスの人間は皆よそ者に冷たいんだ、なに言われても知らん顔してな。謝っても無駄だぜ。」
「おだまり!」
水夫にヒステリックな拒絶を押し付けて、女はこちらを向くとある一点を見つめる。
その視線の先にいるのはフィリアだった。


「……あんたは神官かね。」
「はい、そうですわ。」
神官服は目立ったのだろう、この国はストレイライズ神殿の教えを拒否するのだと船の中でフィリアが言っていたのを思い出した。
だが、そんな女の態度にもフィリアは手を胸の前で組み、柔らかな口調で答える。あくまでも柔らかい姿勢を貫くフィリアに女は唾を吐くような動作を見せた。



「ふん。神様はあたしらの暮らしをちっとも良くはしてくれないじゃないか。」
フィリアのことを鼻で笑い、暴言を吐く女。
心なしかさっきよりも暑い気がする。日陰から出たからだろうか。

「そんなことありませんわ。いついかなる時も神は平等に…」
「綺麗事はまっぴらだよ! …何が平等だい。あたしら島民はいつもあんたらよそ者に虐げられてきたんだ。よそ者と関わると必ず不幸になるよ。ああ汚らわしい。」
「……っ…」
フィリアが泣きそうな顔で俯いてしまった。いくらなんでもこの仕打ちはないのではないか。
そう思ったスタンが女に一言物申そうと口を開きかけた時。

ぶちっ

(……『ぶちっ』?)
日常生活ではあまり聞くことがないであろう、何かが切れる音がした。何事かと周囲を見渡したスタンはその音の原因を見つける。
そして自分の顔から面白いほどに血の気が引いていくのを感じた。ルーティも同じ心境らしい。どんな時でも強気なあのルーティの顔色が真っ青である。

自分の左側から熱が噴出したのがわかった。引き攣る顔を抑えつつ、その熱源に視線を向ける。



「ふーん、そぉお。」

微笑みながら地獄のような空気を背に背負っているあたり、相当怒っているようだ。
ここ数日か行動を共にして分かったことだが、アリアは理不尽な行動や言動が許せない性質らしい。そして彼女の持論は『大人が子供を不幸にする』。
ダリルシェイドで客員剣士をして、貴族やお偉いさんに虐げられてきた貧民街の子供を見てきた彼女だからこそそう言えるのだろう。

なにより、一番怒らせてはいけないタイプだ。



「ねえ、あんた何様? 服を見たから彼女が神に仕えているってことわかったんでしょ。」
ちりちりと迫ってくる殺気と熱気が痛い。
痛い…痛いよぉ殺気が刺さるよぉとぼやきながら、しかしスタンは口を噤んだ。スタンもフィリアに対する女の態度に思うところがあったためでもあるが。


「それとも何? あんたの目ん玉って硝子で出来てるの? 違うよね。」
フィリアが神官だとわかっている。つまり神官に女が言ったこと、それに対してのあの返事も女には予想がついたはず。
なのに女はわざわざフィリアに神官なのかどうかを尋ね、フィリアの信じている言葉を綺麗事だと吐き捨てたのだ。



「神官だってわかるなら、あの答えが返ってくることもあんたはわかってたはずだよ。なのにわざわざあんなこと聞いて、楽しい?」
アリアは無意味に自分の感情を爆発させる少女ではない。許し難い女の態度や、フィリアへの侮辱に怒っているのだろう。




「俺は神を信じるも信じないも個人の勝手だと思ってる。あんたが神様を信じないって言ったって別にどうでもいい。でも、神を信じてる……神に仕えてる人間に信じてない人間が文句言うのはお門違いだろ。それともあんた、それを言ったからって神様があんたの生活を助けてくれると思ってるの?」
アリアは酷く悲しそうな顔だった。そのまま続ける。


「そうだったらあんたは神様を信じてるってことだろ。あーそれと…『関わると不幸になる』? それをわかっていて、あんたは自ら俺たちに関わってきたんでしょ。大人のくせに自分勝手なこと言わないで。」
アリアの声は次第に暗い色を帯びていく。なぜかはわからないが、アリアがアリアじゃない他の人間に見えた。

「あ…! アリア…」
そろそろ止めないとまずいかもしれない。
スタンがそう思った時、アリアの後ろにやってきた人物が彼女の肩を叩いた。


「アリア、やめろ。」

心地良いテノールが響き、アリアの肩を白い手が掴む。
周りの温度が下がった。焼けつくような熱さは瞬時にして静まっていく。



「あ、リオン…」
思わず声が漏れた。それには答えないリオンはアリアの肩に手を置いたままだ。
涼しげな色を保っているリオンの目に、スタンは驚いた。彼の目は冷静であると同時に、冷酷な色も浮かんでいたからだ。


「やめておけ。」
その時、リオンが悲しげな顔をしたのは見間違いではないだろう。そしてその悲痛な面持ちが、先程のアリアに似ていたということも。


「あ……ごめん…。」
「別に悪いことだとは言っていないが。」
「でも…」
「…何故自分の非を感じる必要がある、お前の言っていることは正論だろう。」
一言でアリアを制したリオンは女に冷たい視線を向けた。人間とはこんなにも冷酷な視線を人に向けられるのか。
自分よりも遥かに年下の、小柄な少年が持つ紫色の水晶に見据えられた女は憎悪のこもった眼差しでリオンを睨みつける。


「現実から逃げて誰かを非難する前に、お前は何か行動したのか。」
「なんだい! よそ者が偉そうに!!」
「そのよそ者にわざわざ突っかかり完璧に言い負かされたのはどこのどいつだ。」
「うるさい! このよそ者!!」
「…お前はそれしか言えないのか。」
「く……覚えてな!!」

女は悔しそうに顔を歪めて去っていく。何やら暴言を吐いていたが気にならなかった。
観衆から拍手が起きた。主に他の国から来ている連中らしい。




「フィリア、」
アリアはこちらに向き直ると気まずそうに頭に手をやり、フィリアを呼んだ。


「ごめん、神様のこと信じてないなんて言って。」
「いえ……」
「それとみんなびっくりしたっしょ。俺が怒ると晶力が集まっちゃうらしくて周りが熱くなっちゃうんだ。」
てへ、と笑うアリアはどんな過去を送ってきたのだろうと思う。こんなにも優しくフィリアのことを思いやれるアリアが。



「神様のことは、フィリアが信じてるから俺も神様信じる……ってのはすっごく失礼だと思ったし。」
「アリアさん……」
「だから正直に言ったんだ。傷つけたならごめんね。」
そう言ったアリアはにっこりと笑む。スタンなら到底出来ないことだ。

感情に流されてしまう自身は少し彼女を羨ましく思った反面、彼女の過去を思うと胸が痛んだ。
自身よりも年下の彼女がこんなことを出来るということは、相当な人生を歩んで来ているのだろう。



「行くぞ。」

桃色の外套がひらりと風に舞い、リオンが踵を返して歩き出す。それにアリアも続いた。
彼らの後を急いで追う。しかし二人の見せた悲しそうな顔だけは、スタンの脳裏から離れなかった。


  


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