Disapper tear

 暑くて冷たいお国柄




ルーティがパインを値切り始めてもうどれ位の時間が経っただろうか、彼女に聞こえないように注意を払いながら小さく溜め息をついた。
マリーとフィリアは日陰で涼みながら談笑していた。ルーティの怒鳴り声をバックミュージックに微笑んでいられるフィリアはかなりの猛者なのではと良からぬ考えが頭をよぎる。


「マリーさん、隣いいですか?」
「ああ、もちろんだ。」
マリーの隣が空いていたので彼女に了承を取る。マリーは快く場所を開けてくれたので、ありがたく思いながらも腰かけた。
日陰のお陰で熱を帯びていない鉄が、ひんやりと足の熱を取ってくれて気持ちがいい。
その気持ちよさに頬が緩むが、その視界の端でルーティが戻って来るのが見えた。


「あーもう!」
「ルーティ、終わったのか?」
赤紫の瞳には炎が見えるような気がする。マリーが声をかけるとルーティは大きな目をさらに大きく見開いた。
背中には般若か阿修羅が見える。…現実でないことを祈りたい。


「信じらんない!『よそ者になんぞ誰が売るか!』ですって! あんなんで商売人なんて―――…?」
にゅっ。
ルーティの勢いと怒りの炎がしぼんでいくのがわかった。
それもそのはずだ。今まさに値切っていたパインがいきなり目の前に出て来たのだから、いくらルーティでも言葉を失うだろう。

細くて白い華奢な手を辿って行くと、やがて優美なサファイアに辿り着いた。
視線が合うと、そのサファイアはひどく美しく細められる。スタンが今目の当たりにしている光景はどこかの御伽話のようにきらきらとしていた。


「よろしかったらどうぞ。」
「……え…く、くれるのか……?」
桜色の月が割れて、水を思わせる涼やかな音が鼓膜を叩く。その音が目の前の少年の声だと理解するのに、数秒を要した。
はっと我に返ったスタンに、少年は綺麗で上品な笑顔を浮かべる。

「御迷惑でなかったら、ですが……」
「そんなことありませんわ、ありがとうございます。」
切なげに伏せられた長い睫毛に、思考が固まった。そんなスタンの代わりに、フィリアが少年にお礼を言ってくれる。


「よかった……。」
「カノン様ー!」
「あ…」
少年がほっと息をつき、頬を染めて微笑んだ。その行動にまた、スタンの思考は止まる。
同時に少年の背後から一人の兵士がやってきた。兵士に呼ばれた名前は少年の名前だったらしい、きょとりと目を瞬く。

「では、僕はこれで……」
彼はこちらに向き直ると、小さく一礼して笑顔を向けた。


「縁があったら、またどこかでお会いしましょう。」
優しい笑顔と甘美な余韻を残して、少年は去って行く。
華奢な肩が背中からでも見てとれた。しかし少年の腰には藤色の剣が下がっている。




「素敵な方でしたわ。」
「あんなに華奢なのに剣士なのか……」
「ここじゃ珍しいわね、あんな上品な子。」
フィリアとマリーの感想にルーティが小さく笑う。
それは悪意ある(例えばリオンに向けるような)ものではなかったが、かといって好意的なものでもなかった。

もっと嫌味な、嘲笑のようなものだ。
気の強い彼女のことだ、先程の少年のような細身の優男タイプは好みではないのかもしれない。


「ま、せっかく貰ったんだし……一切れずつ食べましょ。」
ルーティはつまらなそうに少年を見送っていたが、やがて見えなくなったのかスタンの手の中にあるパインに視線を移す。
彼女にひったくられたパインは見事に割られ、マリーとフィリアに分けられる。残りのパインは三つ、ルーティと自分を入れても余るくらいだ。

そんなことを考えていると、ルーティが目を見開いて自身の背後に手を振った。
今別行動していたのはアリアとリオンのみだ、となれば当然ルーティが友好的に手を振る相手はアリアだろう。



「あ、アリアー! あんたも食べない?」
振り返るとやはり、綺麗な橙を揺らしてアリアがこちらに駆け寄ってくる。
ルーティの声にルビーを見開いたアリアは腕をさすって身震いした。


「ルーティが奢るなんて…明日はカルビオラに雪降りそうだよ。」
「ちょっとアリア!」
「あはは、じょーだんだって。」
ルーティがジト目でアトワイトを構えればアリアはにかっと白い歯を見せて悪戯に笑ってみせた。そのアリアの笑顔が先程の少年と被った気がして、スタンは目を擦ってもう一度アリアを見つめる。


「スタン、どしたの? ゴミでも入った?」
「あ、うん…平気だよ。」

(…なんで被ったんだろう…? 二人とも笑い方も雰囲気も…全然違うのに…)
真っ赤で綺麗なルビーを見開いてアリアが覗き込んでくる。なんでもないように笑ってごまかした。
悩んでいるスタンはそっちのけで、ルーティはアリアにパインを渡す。


「はい、一切れずつよ。」
「ありがとルーティ。」
受け取ったパインをうまく一口で食べられるくらいに分けたアリアは、その一切れを口へ運んだ。
それを見ながらルーティに手を差し出すと、彼女もそれに応じてパインをこちらへ差し出した。しかし、途中でぴたりと止まったルーティの手は、そのままパインを放り投げる。




「リオーンっ!」
その投げられたパインを視線で追えば、行きついたのは誰かの手のひら。
器用にも左右非対称に分けられている果物を、落とすことなく捕まえた手の持ち主はリオンであった。怪訝な表情をそのままに、リオンはこちら(というよりもルーティにだが)視線を向ける。


「あげるわ! 痩せっぽっちのベジタリアン!」
ルーティの声に、リオンは呆れたような顔をするとそのままその場を立ち去った。
桃色の外套が見えなくなってから、自分のパインがリオンに持ち逃げされてしまったことに気付く。


「んっ。おーいしい、このパイン。」
「あのー、ルーティ? 俺、貰ってないんですけど。」
「じゃあアンタにはこれをあげるわ。…はい。」
目の前で美味しそうにパインを食べられたら、自分だって食べたくなるに決まっている。
そういう思いも込めて彼女に訴えれば、にこやかな笑顔と共に渡されたのは黄色い果物だった。


「…あ、」
何を貰ったのか気になったのだろう、横から覗き込んできたアリアがぽかんと目を見開く。
それもそのはず、スタンが渡されたのはモンキーバナナの房だったからだ。



「これ…モンキーバナナ?」
「スタンにはぴったりでしょ!」
「ほっとけよ…。」
ルーティの言葉が胸に刺さる。言葉とはこんなにも棘があって人を攻撃するものだっただろうか。どうせ田舎者って言いたいんだろ、そういう思いを込めて彼女らを見れば、ルーティはにんまり顔で、アリアは苦笑いを浮かべていた。
アリアはともかくルーティのしたり顔には少し腹が立ったが、パインがない以上仕方がないだろう。無いものねだりはしたくない。


「くそう…」
小さく呟いて房から一本のバナナをとり、皮を剥いて一口頬張る。ほんのりした甘さが口一杯に広がり、悔しさも少しだが静まった。
咀嚼すれば優しい甘みは増す。しつこくない甘さが、棘の刺さった心を癒してくれそうだ。


「でも…美味いからいいか…」
「きゃはははっ!」
爆笑されるほど自分はバナナが似合うらしい。それもそれで悲しい。
もしゃもしゃとバナナを頬張りながら、スタンは周囲の視線を感じていた。


(なんか見世物小屋のパンダってこんな気分なのかな……。)




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