Disapper tear

 聖母のような彼女の瞳こそ、





「ヒューゴ様。連れて参りました。」
「入れ。」
ヒューゴの返答にドアを開けて中に入る。ヒューゴはソファに座り、ガウン姿でくつろいでいた。
アリアは眉を顰める。なんともいえない違和感があったのだ。


「あの…ディムロスを返して下さい。」
スタンが遠慮がちにヒューゴにディムロスの返却を願い出る。
しかしディムロスは元々王国のものであってスタンの所有物ではないのだが、そこは空気を呼んで突っ込まないでおいた。


「分かっているよ、スタン君。万一のことがあってはいけないのでね。私の寝室に隠しておいたんだ。」

アリアは半開きになっているドアからヒューゴの寝室を見回す。
もちろん頭は動かさず目だけで、だ。


キングサイズのベッドに綺麗に敷かれているはずのシーツはぐしゃぐしゃだ。
アリアやリオンの部屋もメイドたちが丁寧に、皺ひとつないベッドメイキングをしてくれる。
それをこの屋敷の持ち主の部屋だけあんな風にはしない。それはつまり子供が遊んで暴れまわるような、なにか強い力が加わったことになる。

でかい羽毛百パーセントの枕はずり落ちそうになって、さらに近くに脱ぎ捨てられた衣服がある。


(なーんか、嫌な予感がするな……)
下町で育ったアリアには、その寝室でどんなことがあったのか容易に想像出来た。あの寝室の様子は下町の女が裕福な男とそれをした後の現場に、極めて似ている。




「おいマリアン、あれを持ってきてくれ。」
「はーい、ただいま。」

嫌な予感は的中した。
この屋敷のメイドであり、アリアの友人でもある黒髪の美女がシーツ類を抱えて寝室から出てくる。
彼女の黒髪は少し乱れており、いつもきちんと着ているメイド服は着崩れしていた。

色白の頬は上気していて、桜色に染まっている。火照った頬を隠すように彼女は笑顔を浮かべていた。


「……!」
そんな彼女を見て、リオンはさっと顔を背ける。
しかし彼の余裕の現れであるいつもの無表情は、作り切れていなかった。


「申し訳ありません。ベッドメイキングの途中だったものですから。」
マリアンがにこり、と微笑む。その笑顔の裏では逃げ出してしまいたいほどの辛さを抱えているはずだ。
目元は薄らと赤い。目の前の男に手酷く扱われたのだろうか。

マリアンがソーディアンたちをテーブルへ並べ終わると、ヒューゴが彼女を示した。


「紹介しよう。メイド長のマリアンだ。」
「初めまして、マリアン・フュステルと申します。」
紹介されたマリアンは、洗練された様子でスカートの端を持って頭を下げる。
全てを包み込むような微笑みは、聖母のようだった。


「アリア様、飛行竜の任務お疲れさまでした。お怪我は…」
「うん、大丈夫。心配かけてごめんね? ありがと。」
「いいえ、ご無事で何よりです。…皆さん、リオン坊ちゃんとお出かけだそうですがどうぞお気をつけて。」

マリアンはスタン、ルーティ、マリーの順に微笑みかける。そのまま一礼して退出しようとした彼女は小さく声を上げて振り返った。


「アリア様、」
「ん? どしたの?」
「今度メイド部屋に遊びにいらしてください。皆寂しがっていますわ。」
「うん、分かった。」
「それでは失礼致します。」

そう締め括ってマリアンは退出してしまう。何か言いたそうにしていたリオンには、一言も声をかけることなく。
リオンの紫水晶は、悲しげに床へ向いた。



「スタン君はディムロス、ルーティ君はアトワイト…だったな。」
「そうよ。早いとこちょうだい。」
ルーティがテーブルに置かれたアトワイトを瞬時に掴む。自身の武器を取った面々だったが、一番嬉しそうなのはマリーだった。
余程大切な物なのだろう、いつも使っている斧よりも念入りにチェックしている。


「さて、リオンのシャルティエを合わせ、ここに三本のソーディアンが集まったことになる。古の戦争で世界を救ったのは六本のソーディアンだと聞いているが。」
『………』
「ディムロス?」
「アトワイト? どうしたのよ?」
『…その通りだ。』
『ええ。』

ディムロスとアトワイトの返答はなんとも曖昧なものだった。
両者様子がおかしい。



(もしかして、未確認のソーディアンの事かな。)


ソーディアン、とは全部で六本。
古の戦争で首謀者を討ったとされるものだが、一本だけ例外のソーディアンがあった。そのためそのソーディアンは世間でも知っている者は少ない。
見た目がシャルティエと似た形状なので、シャルティエのレプリカではないかと議論されている。
それが何故なのかはアリアには分からないが、とにかくその一本についてはソーディアンか否か歴史家も議論するほどである。

ここ最近行動を共にして見て来たディムロスとアトワイトの性格からして、その一本を認めてもらえないことを歯痒く感じているのかもしれない。


「どうかしたかね?」
「い…いえ。そうだって言ってます。」
黙ったままのスタンとルーティにヒューゴが首を傾げる。しかし、不自然なスタンの返答にもヒューゴは微笑んだ。


「半数の三本が一緒なんだ。君らの成功を祈っているよ。」
「ありがとう、ヒューゴさん。」
スタンがヒューゴに礼を言うと、リオンが前に進み出た。そして礼儀正しく頭を下げる。



「それでは失礼致します、ヒューゴ様。」

それはマリアンの礼と同じように、洗練されたものであった。
しかし悲しさを感じたアリアはそれを見られぬよう、目を閉じて深々と礼をしたのだった。



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