Disapper tear

 襲撃されし竜が隠すのは




「はい、掃除夫さん。頑張って。」
「おう! 任せてくれ!! …あ、そうだ。」
「? どしたの?」
そう言ってアリアはデッキブラシを密航者の青年に渡した。それをやる気十分で受け取って、青年は胸を叩く。
空を飛んでいる乗り物の上だから、青年の長髪が緩やかな線を描いた。

「俺、スタン・エルロンって言うんだ。君は?」
輝く金髪が風に靡く。空色の瞳は優しい光を浮かべてこちらを見ていた。
その双眸はなんの柵にも囚われずにアリアを見ている。先程の艦長の態度で、アリアの身分は大体分かっているだろうに。

「…アリア・スティーレン。よろしくスタン。」
それなのに青年はただ普通にアリアに名を尋ねてくれた。それがまた嬉しく思ったから、アリアも普通に青年の手を取る。
変な奴だと思った。名前を知っただけだ、なのに先程まで他人だった人物に屈託ない笑顔を向ける。


「さっきはありがとな。」
握手を交わすと、青年──スタンがそう言った。
なんのことやらわからないアリアに、スタンはまた笑顔を向ける。

「ほら、さっき……艦長さんにうまく言ってくれただろ?」
「なんだそんなことか。わざわざお礼を言われるほどじゃないって。スタンを庇って言ったわけじゃないからさ。」
本当のことだった。
アリアがあの場でああいう案を出したのは、艦長と兵士たちのためだ。決してスタンのためじゃない。
それにアリアにはあれが精一杯だった。それによってスタンはやらなくてもいいであろう掃除をする羽目になったのだ。
文句を言われる筋合いこそあれ、感謝されるいわれはない。

「いや、それでもだよ。俺本当にセインガルドへ行きたかったんだ。それに罰も掃除だけで済んだしさ!」
例えば、先に例を上げた友人ならば艦長への説得をスタンの罰なしに言いくるめることも可能だっただろう。
なのにスタンは笑顔のまま首を振ってデッキブラシを握る。


「……スタンって変わってるって言われない?」
「え? そ、そんなことないぞ!」
アリアの声にもスタンは頬を染めて、首を振った。
むすっと不服そうにしているその姿は青年というより少年に近い。言われてムキになるスタンに親近感が湧いて、アリアは笑ってしまった。




そんな時、けたたましく警報が鳴り響く。
驚いたがどうやらモンスターからの襲撃のようだ。デッキに上がって来ているモンスターを見て、アリアは剣を抜いた。


「え! モンスター!?」
そう言って目を見張ったスタンの装備はデッキブラシだ、敵うわけがない。そのまま逃がすにしても装備が薄すぎる。
アリアは三匹目の腹を切り裂き、蹴飛ばした。

「しかし数が多いな……よっし!」
飛行竜の外に投げ出されたウルフは、手足をばたつかせながら落下していく。それを見届けて前方を見るとアリアは晶力を集中した。
大きな術で、数を減らすしかない。手のひらに熱い力が集まる。


「──イラプション!」
アリアが唱えると、その力は大地から噴き出す溶岩のように敵を焼き尽くす。それによって敵の数は一気に減った。
アリアが危険だと判断したのか、モンスターは皆アリアを狙ってくる。しかしそれはアリアの思惑通りだ。

大群の中に自ら突っ込んだアリアは前から来たモンスターの頭を真っ二つに割る。
背後を取って襲って来た二匹を振り向きざまに斬り捨てた。


「っと…これで最後……、あれ?」
最後の一匹が奇声を上げて霧散した後、アリアは後ろに居るであろうスタンを振り返る。
しかしアリアの赤い双眸は見開かれた。スタンは忽然と姿を消している。


「? スタン?」
教えてもらったばかりの彼の名前を呼ぶも、スタンが戻ってくるはずもない。
首をひねっていたが、船員の悲鳴でアリアは我に返る。モンスターの数が多いし、このまま対応が遅れてしまえばこの飛行竜に乗っている人間はすべて命を落とすかもしれない。
アリアは急いで船室のドアを開けた。勢いよく開けたためにどこか壊れた音がしたが、今はそんなことに構ってられない。



「みんな伏せて! ──炎熱の障壁、阻め! ファイアーウォール!!」
手に集中させた晶力を一気に放出する。それによってモンスターを阻んだ炎の壁。
それに取り囲まれたモンスターは霧散していく。どうやら炎に弱い種族だったようだ。

「アリア様!」
先程の兵士が見えた。彼も大きくはないが怪我をしている。
残念ながらアリアに怪我は治せない。けれどここにいる彼らに大きな怪我をしているものはいないようだ。

「ここにいるので全員?」
「はい!」
(あ、そういえば敬語忘れてた…。でも緊急事態だし許してくれな。)
安心しつつもアリアは確認を忘れない。
それに答えてくれた艦長に頷いて、アリアは脱出ポッドのあるデッキを指差した。


「これ命令! みんな生きてここから脱出すること!!」
「アリア様、あれは……」
「後はなんとかする! みんな絶対、脱出と命を最優先に行動すること!!」
いいね、と念を押せば、ほとんどの兵士が頷いてくれる。
それを見て、アリアは強気に笑んで見せた。


「ご武運を!」
「ありがとう、王への報告は頼みます!」
「はい! お任せください!!」
声をかけてくれた兵士たちとは反対の方向へ走り出す。そちらにあるのは、貨物庫。
王に届けるはずの、大切なものが格納されている場所だ。




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