Disapper tear

 記憶と責任の反比例




「おや、マリーちゃんじゃないか!」
聞こえてきた声に振り向くと中年の女性がマリーに話しかけている。
彼女の口ぶりから推察するに、マリーはこの街の中でも好かれている存在だったのだろう。

そうでなければこんなに声をかけられるわけがない。
記憶を失っても彼女は優しく、たくましくあったのだ、元の性格も変わらないだろう。



「え…あの……」
生きてて良かった、と笑う女性にマリーは返す言葉が見つからないらしく、戸惑った声を漏らした。
マリーの戸惑った様子に気付かない女性はそのまま続ける。


「最近は良いことばかり続くねぇ。戦いには勝ったし、イザークは死んだし……これもみんなグレバム様のお陰だね。あの方が運気を運んでくださったんだ。」
「グレバム様だって……!?」
隣にいたスタンが驚いたような声を上げた。そのままこちらを振り向く。

「どうなってるんだ…?」
その顔は戸惑いの表情がありありと浮かんでいて、空色の双眸は揺らいでいる。



「大丈夫、落ち着いて。応対はルーティに任せてこのまま話を聞いててみよう?」

彼に笑顔を向けて、肩に手を置いた。そのまま優しく撫でる。
落ち着いてくれたのかスタンは首肯した。


「そうだ、家には帰ったのかい?」
「家……」
「マリーの家があるの? どこ?」

ぼんやりと呟いたマリーの代わりに、ルーティが女性に尋ねる。
矢継ぎ早に問われた女性は少し狼狽しながらも後ろの方向を指差した。



「あっちの……街の東の方にある家だよ。壁が緑色だからすぐに分かると思うけど…」
「ありがと、おばさん。」
「いやいや気にしないでね。あらやだ、私買い物の途中なのよ。またね、マリーちゃん。」
ルーティの感謝の言葉ににこやかに笑った女性はマリーに手を振って去って行った。
女性が店に入ったのを確認したのかウッドロウとチェルシーが街に入ってくる。


「この街では王家の人間はあまり歓迎されていないようだね。」
「あんな言い方……ひどすぎます…」
爽やかな笑顔が魅力的な彼が、苦々しい笑みを浮かべた。隣ではチェルシーが拗ねたように唇を尖らせている。
悲しそうに呟かれた声にウッドロウがありがとう、と声をかけると彼女の機嫌はすぐに治ったが。


「ウッドロウがいる以上、ここでの長居は危険だよなぁ。」
「そうだね…でも、」
「……だよねぇ。」
アリアの声にカノンが応じた。
二人一緒に同じ方向を向く。顔を見合わせて笑った。

「やっぱ同じこと考えたか。」
「……行くことになるんじゃないかな。」
「あーあ……危険な行動は避けるべきだけどね。」
アリアが苦笑する。視線の先にはマリーとルーティ。ディムロスと口論しているようだ。


『こっちにはウッドロウもいるのだぞ。余計な行動は慎むべきだ。』
「余計なことなんかじゃないわ。……大事なことよ。」
真摯なルーティの声。
彼女は、ここにいるメンバーの誰よりもマリーのことを案じている。絶対に引かないだろう。


『はー……』
ディムロスの失言に対してか、それとも終わりの見えない口論にか、腰のアークが盛大な溜め息をついた。

『アーク、お前も止めないか!』
『やだよめんどくせぇ。それよりお前、マリーの記憶はどうでもいいってのか?』
『そうは言っていないだろう!! ここで余計な行動を起こしては……!』
そのディムロスの声に、また大きな溜め息をつく。
そういえば以前、ディムロスを『融通の利かない熱血バカ』と称していた彼のことだ。
おそらくディムロスに対してあまりいい感情を抱いていないのだろう。



『余計な行動、ね。』
『あちゃー……』
リオンの腰のシャルティエがコアを光らせた。
ルーティの方からも小さく溜め息が聞こえる。千年前がこんな様子だったなら、アトワイトも苦労人である。



『あの様子じゃルーティは絶対引かない。』
『む……』
『あいつはマリーのこと大切にしてんだ、そんなこと分かり切ってんだろーが。』
『しかし…』
『ここでルーティや俺と長ったらしい口論するより、ちゃっちゃと行ってぱぱっと退散したほうが早いだろ。』
『………』
遂に黙り込んだディムロスに、スタンが生温い視線を向けた。


『ディムロスの負けね。』
『アークには誰も口で勝てたことないっていうのに……』
『まったくとんでもない子供じゃ。』
ソーディアンたちもコメントする。ちなみに上からアトワイト、シャルティエ、クレメンテだ。
クレメンテの声に、アークが過敏に反応する。


『じじい、子供扱いすんな!!』
『ほっほっほ。』
顔があったら真っ赤だろう。
怒鳴ったアークに、クレメンテは余裕の態度で笑ってみせる。


『おぬしは人格投射の時点で十九。フィリアやスタンとどっこいどっこいといったところじゃろ。儂にとっては子供みたいなもんじゃ。』
「え、アークってそんなに若いのか?」
「そうみたいだね。」
「それで大佐ねー……あいつすごいなぁ。」
きょとりと目を瞬かせたスタンにカノンが微笑み返す。
アリアが快活に笑った。



「お前たち、いい加減にしろ。見つかって牢に入れられたいのか。」

鶴の一声ならぬ、リオンの一声。
その声に全員マリーの家に向かったのだった。

 


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