アウグストの十字架

 10.悲しむ四十一日目





あの放課後から一週間が立った。鈴村優菜が氷帝学園高等部に転校してからは一カ月と一週間と二日の月日が経過している。
四時限目の終わりを知らせる鐘が響き、生徒たちは昼食を摂りに立ち上がった。
思い思いに集まって弁当を広げたり、女子生徒などは複数人で食堂に向かうなど生徒たちが様々な行動を取る中、優菜もいつもの中庭で昼食を済ませようと鞄の中の包みに手を伸ばす。

「ねえ、」
「?」
しかし指先が包みに到達する前に、何者かに呼びかけられてしまう。無礼な呼び止め方に少々の違和感を覚えつつ顔を上げた。
そこには言わば今時の、男と遊ぶのを好みそうな、派手な女生徒たちが数人立っていた。
集団で、敵意を剥き出しにしているのを見ると、ランチのお誘いではないことは明白。ため息をつきたくなるのを抑えて、優菜は驚いたような表情を作った。

周囲の生徒たちも心配そうな視線を優菜に向けてくる。このクラスの生徒たちは優菜を友好的に見てくれているし、心配しているのは建前なんかではなく本当の気持ちだろうと考えた。
申し訳ないがそんな生徒たちの心配を利用させていただくことにした。優菜は怯える兎を思い出して、肩を震わせると表情を硬く強張らせる。
『鈴村優菜』の設定を生かす。そう考えた優菜は不安をかき消すように手のひらを強く握り締めた。
震える唇をなんとか開き、優菜は笑顔を取り繕った。周囲の人間にもわかるように、ぎこちなく。

「私に、何か…?」
「鈴村優菜だよね。」
「え、ええ…そうです。」
「ちょっと顔貸してくんない。」
無礼というよりも横柄とか横暴と表現した方が近い態度だ。優菜のことも人間と思っていないのかもしれない(仮にそうだとしても彼女たちは無意識なのだろうが)。

呼び出しとはなんという古典的かつ非効率的な行動なのだろうかと優菜は内心ため息をついた。
昭和のヤンキーかこの子たちは。そんな感想まで抱いてしまうほどにこの行動は王道的で前時代的かつ予想の範囲内だった。
お金持ちの時間というのは、一般家庭よりも緩やかに流れているに違いない。


「わかりました…」
そう結論付けた優菜は、怯えに徹することにした。
眉を下げて彼女たちを見上げる。優菜が椅子に座っている分も差し引けば、彼女たちはかなり上から優菜を見下ろしていることになる。
頷いた優菜についてこいと言い、リーダー格の少女がドアを顎でしゃくった。それに応じるために立ち上がる。


(…アッシュのお弁当……食べたかったわ。)
名残惜しそうに鞄を見つめ、優菜はドアへ向かったのだった。


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