アウグストの十字架

 10.悲しむ四十一日目





「きゃ……っ!」
校舎裏についた途端、優菜はリーダー格の少女に突き飛ばされた。軽々と吹っ飛んだ優菜の体はいとも容易く地面を転がる。
制服が砂にまみれるが、優菜は上半身を起こして少女たちを見上げた。

「う…!」
リーダーの少女に髪を鷲掴みされて、優菜は痛みに呻く。目尻には涙も浮かんできた。一体優菜が何をしたというのか。彼女たちのことは見かけたことこそあるが、直接的に関わったわけでもない。ましてや彼女たちに何か危害を加えた覚えもなかった。



「あんたさ、マネージャーだかなんだか知らないけど…跡部様に付きまとわないでくれない?」
髪を掴んだまま、優菜の顔を覗き込むようにしてリーダー格の女生徒が顔を近付けてきた。少女とは思えないような厚い化粧だ。
不自然に白い肌、肌に不釣り合いな真っ赤な唇、睫毛には棘が刺さっているかと錯覚するような付け睫毛も生えている。

「え……?」
「は? なに? この女まだ呼び出された理由わかってないわけ?」
「あんたが跡部様に近付くから、あたしらもあたしらの友達もすっごい困ってんの。」
「だからあんたが跡部様に近付かないようにあたしらが注意しに来たってことだっつーの。これだからバカは困るよねー」
彼女たちの言い分は誠に遺憾に思う。
自分勝手かつ自己の利益のみを主張した言い分であることを自分の脳で理解していただきたい。
胸中で吐き捨てた優菜は驚くように双眸を見開いた。少女の不自然な茶色の瞳に、驚いた優菜の顔が映し出される。


「ど、どうしてですか…?」
「はあ?」
優菜は怯えるふりをしつつ、少女たちに尋ねた。どうしてだろうか、どうして部活仲間に話しかけてはいけないのか。
『鈴村優菜』はその理由を理解できるわけがない。何故なら『それをしてはいけない理由』を彼女とは別の人間が勝手に定め、強いているのだから。

優菜の質問に茶色い眉毛を吊り上げて、少女たちはひどく不機嫌な声を上げた。化粧で作った愛らしい顔は酷く崩れている。
性格は顔に出る、と言うがどちらかと言えば性格が出るのは顔の造りではなく仕草や表情のような気がした。


「私、テニス部のマネージャーですもの……どうしたって跡部くんと接さないわけにはいきませんわ…」
「跡部様が優しくしてるからって調子乗んなよ!」
「でも…跡部くんの優しさは皆さんに平等に向けられていますわ。私だけ特別に優しいわけじゃありません。」
「う、うるさい! あんたが可愛子ぶって跡部様のこと騙してるんでしょ!」
「騙す…? 友達にそんなことしませんわ。仮に私が彼らを騙しているのだとしても、それは通用するはずがありません。跡部くんが見せかけの愛らしさに騙されるような人ではないこと、あなたたちがよく知っているのではないのですか?」
少女たちの自論を正論で返していく優菜に、少女たちは次第に言葉を失っていく。人間とは完璧に正論で言い負かされると、二の句が告げないものだ。告げたとしてもそれは自分の主張が通らないことへの不満をぎゃあぎゃあと喚くだけ。悪意に満ちた、ただの鳴き声に等しい。

「うっさいわね! ワケわかんないこと言ってんじゃないわよ!」
「う……っ!」
例に挙げた通りの反応をした生徒たちは、優菜に掴みかかった。頬を打たれて優菜の頬には涙が伝う。最初と同様吹っ飛んだ優菜は顔を上げることもせず、肩を震わせるばかりだった。
自分に起こっていることが理解出来ず、茫然としている優菜は再び髪を掴まれて我に返った。視線を上げればそこには悪意に満ちた笑みを見せる少女たち。

「跡部様に近付くってことがどういうことなのか、分からせてあげるから!」
少女たちの笑顔を茫然と見ていた優菜だったが、ここで近づいてくる足音に気付いた。ごく僅かだったが、小枝を踏みしめた音が聞こえたのだ。
もちろん興奮している少女たちには聞こえるはずもないのだが、優菜はそれを利用させていただくことにした。俯くと肩を震わせて、唇を噛み締める。来るであろう痛みを耐えようと硬く目を閉じた。

「俺がどうしたって?」
「え…っ!?」
低い声が響いた。聞き覚えのある声に思わず優菜も顔を上げる。

「やばっ……」
「まずくない?」
「いこ!」
人が近付いてきていることは知っていたが、話の渦中に位置する本人だとは思わなかったのだ。少女たちも驚いているのか、周囲を見回している。
口々に言った少女たちは慌ただしくその場から退散していった。


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