アウグストの十字架

 3.風に揺られた菫は笑う





「やあ、こんにちは。」
紫の印象的な男が、少女に声をかけた。
あまり印象の良くない笑みを浮かべる男とは反対に、少女は不安げな表情で男の菫色を見る。

「こ、こんにちは…」
少女の黒髪がふんわりと揺れ、同じ色の瞳は丸く見開かれた。
怯えた様子はあるが、少女は男に頭を下げてしっかりと挨拶をする。そんな彼女の行動に男は満足そうに頬を緩めた。


「君、氷帝学園の生徒かな?」
「え…? は、はい……そうですが…」
男の声に少女が頷く。同時にどたどたと荒々しい足音が男の耳に届き、男は密かに眉を寄せた。
少女も白い顔を真っ青に染めて、細い肩をびくりと揺らす。そして男を見上げると、少女は周囲を気にして視線を巡らせた。

「あ、あの……すみません、今は私…」
控えめな声と共に発されたのは、この場に留まることが出来ない事実。
その少女の様子を見た男は嘲るような笑みを見せた。そしてため息をつくと少女には聞こえることのないよう、短く言い放つ。

「……まったくくだらないねぇ。」
男から発された音はこの世の誰もを嘲り笑っているような、冷たい音色だった。
足音と衣擦れの音に少女が肩を震わせる。少女が目を見開くと、彼女の背後にある木の陰から一人の青年が現れた。

「…っ、」
眼鏡をかけた青年は美しい容姿をしていて、それとは裏腹にひどく憤りの感情を露わにしている。
ともすれば青年にも見える彼は、少女を睨みつけると冷たい視線を二人に向けた。


「なんや、」
「あ…!」
「愛里のこと傷つけて、自分はこないなところで男と会ってるん?」
「ち…ちが……っ!」
「最低やな。」
青年の声に少女は肩をびくつかせるばかり。
とどめの一言を放った青年は、男を一瞥してはん、と鼻を鳴らした。そんな青年の挑発的な態度に、男の眉間に深く皺が刻まれる。
しかし男は、そんな青年のことも気にせずに少女に向き直ると微笑みを浮かべた。

「君、書き込みをしたよね?」
「え……?」
「白き翼の元、願いを吐き出す場所で……『助けてほしい』と。」
「あ…あなたどうして……?」
「…どういうことなんや。まさか自分、学校に言ったんか。」
少女が目を見開いて肩を揺らす。だが男にとっては質問でもなんでもなく、これはただの確認事項だった。
すっかり蚊帳の外な青年が不機嫌に少女に問い詰める。眼鏡の奥の双眸には殺気すら滲んでおり、相当この少女を嫌っているのがわかった。
青年は少女に歩み寄ると襟首を掴もうと腕を伸ばす。しかし青年の手が少女の衣服を掴む前に、男が青年の腕を掴んだ。

「……なんや? 兄ちゃん、こんな女かばったって何の得もないで。」
「やめて! その人は何の関係もないよ!!」
訝しげな視線と共に、少女に向いていた殺気が男に向けられる。
嘲るような笑みを見せた青年は、少女の制止の言葉も聞かずにそのまま続けた。


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