アウグストの十字架

 8.三十一日目の呆れ顔





「いいねぇ、青春だよー!」
「あんた、いつからいたのさ……」
「うーんとね…」
両手で頬を包み、恍惚の表情を浮かべたスマイルが姿を現した。それに呆れたようにシンクがため息をつく。
シンクの言葉に気分を害した様子も見せず、スマイルは虚空を仰ぐと尖った顎に指を当てた。

「玲緒ちゃんがモニター見上げてしかめっ面した辺りから!」
「ほとんど最初からいたようなもんじゃないか。姿を消して覗きなんてあんたは本当に悪趣味だね。」
「そんなことないですー! 僕が見てたのは恋愛映画じゃなくて玲緒ちゃんだもんねー!」
「なお悪いだろう、それは……」
またも飛び出た辛辣な発言に、スマイルは悪びれる様子もなく笑みを返した。しかしそのスマイルの発言の方が問題である。
それを指摘したのはシンクではなく、リオンであった。
彼はダージリンに蜂蜜を溶かす。ティースプーンを回すと、プレートスタンドに重なっている皿の一番上からスコーンを取った。

「えーだって僕が興味あるのはB級映画よりも玲緒ちゃんだもん!」
「あんたさ、そういうことを人目を憚らずに堂々と言うのは常識外れってやつなんじゃないの。」
スコーンを二つに割ると、クロテッドクリームとストロベリージャムを塗り込み口へ運ぶ。彼が頬を綻ばせたところを見ると、クリームとジャムは相当甘いらしい。

「常識無くても、愛さえあれば生きていけるっ!」
「あっそ。」
「あーシンくん興味ないふりしてー!」
「シン……!? っ、興味ないものをないって言って何が悪いのさ。」
「うっそ! だってシンくん明らかにさー」
「っ!! それ以上言ったら、あんたに譜術をぶち込むよ!」
「きゃーシンくんこわぁーい!」
今リオンが塗ったものは彼専用にアッシュが作ったものだ。サレやユーリが食べたら苦虫を噛み潰したような表情ですぐに水を欲しがるだろう。


「…玲緒、なんか野郎共がうっせえけど。」
騒いでいる男たちとスコーンを楽しんでいるリオン(彼らを注意するよりもスコーンの美味しさに意識が傾いているようだ)。
モニターを見ていた沙羅がそんな彼らを示して、不満げに肘をつく。組んでいた長い脚をほどくと行儀悪くテーブルに突っ伏した。
藤色の髪がテーブルに散らばる。石鹸のような、爽やかな香りが広がった。
沙羅の行儀の悪さを見ても玲緒はそれを咎めることはなく、神秘的な色合いの翡翠を瞬かせる。

「僕は別に気にならないけど……」
薄緑の生糸が流れるように動き、繊細な線を作った。彼女が動くと蓮の花の香りにも似た、秘めやかな香りが舞う。

玲緒は現在必要なこと以外は忘却の彼方に放り込むという都合の良いおつむを持っているので、今回も例に漏れず彼らのことを一切スルーしていたのだろう。


「気にならねーってことはさ、片付けちゃっても気にしねーってことだよな?」
「え……うん。」
「おーっし。」
玲緒の返答を聞いた沙羅は、満面の笑みと共に勢いよく椅子から立ち上がる。
右手を握り締めて拳を作るとその拳を包むような形で左手を添えた。一度強く手のひらに拳をぶつけた沙羅は、清々しい笑顔をそのままに二人の背後を取った。

「お前らのせいで音声ほとんど聞こえねーじゃん? どーしてくれんの?」
表情こそ笑顔だが、背中には修羅を背負っている。
スマイルとシンクが待ったをかけるよりも沙羅の拳が轟音と共に壁にめり込む方が早かった。


「……あ…」
「…どうした?」
小さく玲緒は声を漏らす。しかし幸いなことにリオンにしか聞こえていなかったらしい。
彼は隣までやってくると座っている玲緒に合わせて腰を折り、顔を寄せた。
応じるように玲緒もリオンに顔を近付けると、ひっそりと呟いた。


「これ、録画機能あるんだ。」
「…言わない方がいいな。」
「うん。」
こんな会話が城の中で成されているなど、画面の中でマネージャー業に精を出す鈴村優菜は知る由もない。



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