triste

 動けずに無力を悔やむ





目が覚める。
まだ見慣れない周囲の風景に一瞬ぎょっとしたけど、やがて私は豊臣軍という軍の牢に幽閉されていることを思い出した。

「よ、起きたか。」
「おはようございます。」
「おう、おはよう。」
隣の牢にいる長曾我部さんが胡坐をかいてこちらを見ているのに気付いた私は、起き上がって彼と朝の挨拶を交わす。
最早これは日常の一部と化していた。ここに来て何日経ったのかわからないけど、未だに私はここから外へは出られない。
いつもの通りに食事を出されて、いつもの通りにそれを食べる。最初は毒が入っているのではないかとも思ったけど、平気で食事を口に放り込んだ長曾我部さんを見て、その考えは撤回した。
そして何をするでもなくぼーっとしていると長曾我部さんが話しかけてきてくれて、私は彼と他愛のない話をする。

そのおかげで私は長曾我部さんについて少しだけ知ることが出来た。
まずひとつ、長曾我部さんは『じゅうき』というものがとても好きだということ。
ふたつ、『もうりもとなり』というひとととても仲が悪いということ。
みっつ、船に乗っているということ。
よっつ、とても優しくて気さくなひとだということ。
そしていつつ、彼は捕虜として捕まっているということ。

長曾我部さんは豊臣軍に有益かつ敵に回すと厄介な存在、ということになるのだろう。
この軍のひとは目的達成のためなら犠牲も厭わない──そんな考えのひとたちのようだし、ただ脅威なだけならば殺してしまえばいい。

つまり有益な何かを持っていなければ、彼が生きてここにいることはないのだ。でもそれを知ったところで私は彼をどうこうする気はない。



「なあ、」
彼の声で我に返る。
声をした方を見ると、案外近くに長曾我部さんの顔があって私は思わず身を引いてしまった。しかしそれに気を悪くするでもなく、彼は大きい手で私の髪を掬った。
何故かはわからないけれど彼はよく私の髪を触る。別に嫌なわけではないんだけど、鉄格子越しでも気恥ずかしいから私はいつも俯きっぱなしだ。

「…あの、」
「おう、なんだ?」
「ど、どうして私の髪……」
「嫌か?」
「い、え、そ…そう…じゃ、なくて…その……」
どうしよう。嫌なわけじゃないんだけど恥ずかしい。
うまく言えない私はまたも俯いて、熱い頬を必死に静めるしかなかった。だってどんな女性でもかっこいい男のひとにこんなことされたら恥ずかしい気持ちでいっぱいのはずだもの…。
心の中で呟いても、目の前の彼に伝わることはない。それどころか長曾我部さんは切なそうな顔で力なく笑った。いつもは子供っぽくいたずらに笑うひとだから余計に驚く。



「海、みてーなんだよ。」
「うみ?」
「おう、おめえは優しい海の方だな。」
「優しい、海…?」
私が馬鹿みたいに鸚鵡返しすると彼は頷いて目を閉じた。優しく頭を彼の手が撫でる。

「優しくて、さらさらしててな。海に入った時に迎えてくれる潮の流れみてえなんだ。」
「……そうなんですか?」
「おう。」
そう言った彼はいつもの通りににかっと笑ってみせた。それにつられて私もにやついてしまう。
そんな私の顔はよほどひどいものだったのか、長曾我部さんは急にぐるんと顔を背けてしまった。


「あの、私そんなにひどい顔してました…?」
「…いや、それは絶対ない。安心しろ。」
「そうですか…よかった。」
ほっと息をついた私は、長曾我部さんの顔色も彼が小さく呟いている内容も知らない。


「くそっ、鈍感な姫さんだぜ…。いやでもそういうところが……ああちくしょう。」



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