triste

 優しきものを労わる兎





とうとうその日はやって来て。
私は今日、戦争というものを体験することになってしまった。


相手は豊臣軍というらしい。
織田さんの軍と同じくらいに大きい軍だと森さんが教えてくれた。
なんでもその軍にはやっつけなくてはいけない人たちがたくさんいるのだとか。


「和泉ちゃん、」
「濃姫さま…どうしました?」
声をかけてくれた濃姫さまに向き直ると、彼女は周囲を見回してから私の手を握ってくれる。
いきなりどうしたのだろう。そう思ってされるがままになっていると、濃姫さまは綺麗なかんばせを辛そうに歪めて泣きそうな顔になった。

「ど、どうしたんですか?」
「ごめんなさいね……」
私何かしただろうか!?パニック状態ではあったけど慌ててハンカチを渡す。
濃姫さまはそれを受け取って、指が白くなるほど握り締めた。そして出たのは謝罪の言葉。


「本当はこの戦、あなたは関係ないのよ……きっと危険な目に遭うわ。ごめんなさい…」
人が傷付くのをなによりも怖がっていた濃姫さまはきっと私の身を案じてくれているのだろう。
それだけで十分嬉しくて、私は彼女の手を握り返す。びくりと肩を揺らして驚いたように私を見る濃姫さまはやっぱり普通の感覚を持った女性で、優しいひとなんだろうと思った。

「私のことなら大丈夫です。濃姫さまこそ、お気をつけて。」
「…ありがとう。」
私の言いたいことが伝わったみたいで、濃姫さまは辛そうな顔から安心したような顔になる。私を抱き締めてくれると、すぐに濃姫さまは先陣を切る部隊へ向かった。
森さんと一緒に兵士さんの中に加わった彼女の手は、私からでも見えるくらいに震えていた。


(いつだって悲しい思いをするのは…優しいひと…)
どうして織田さんはあんな優しい奥様を死に近い場所へ置くのだろう。
織田さんは軍のトップだしまず死ぬことは少ない。けど、濃姫さまは別だ。

軍のトップの奥様として戦場に立っているのだから、命を狙われたり人質に狙われたりとか常に危険とは隣合わせのはず。
普通は大切な人ほど危険からは遠ざけたいと思うけど……織田さんにはまったくそれが見えない。


(どうして…? 大切な人じゃ、ないの…?)
生涯を誓った、ご夫婦なんじゃ……



「おや……そろそろ、ですねぇ…あぁ、楽しみだ…」
私のその考えを打ち消すかのように大きな音がした。法螺貝が戦の始まりの合図らしい。
隣にいた死神──明智さんが喉の奥で笑う。心底楽しそうに笑う彼を見て、背筋が冷たくなった。

「戦が始まると同時に、あなたを狙いに豊臣の兵士が本陣へ押し寄せますよ……そして信長公に殺されるのです…。」
「わ、たし……?」
「信長公があなたを何のために連れて来たのか、それは──…」
「私、餌代わりになっているということですか…?」
「ええ、その通り。本陣には影武者を立ててありますから、こちらへ来るのは残党くらいでしょうが……ああ、楽しみだ。」
なにが楽しみなんですか、なんて聞けない。分かりきっていることだ。
彼にとって楽しいのはライバルとの手合わせでも、正々堂々と戦をするのでもなく…ひとを斬ること。


「……でも、相手も強い人たちなんでしょう?」
「ええ、そうですねぇ……ふふふ…」
嬉しそうに鎌を見つめる彼は怖い。でも、なんだか寂しくも見えてしまった。
それしか、彼が嬉しいと思う瞬間はないんだろうか。人の感情を奪って、自分の感情が満足するなんて私にはとても出来ない。
ああ、なんだか私…今日は考え事ばかりしている…。
 

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