triste

 戸惑う兎が目にしたものは





「綺麗………。」

青い、空。
白い、雲。

さわさわと揺れる、常緑樹の木の葉。



ここは、どこ?
そんな問いかけは、意味を成さない。
ここには私しかいないし、その私は答えを知らないから。

だけど、問いかけずにはいられない。
私は自室で仮眠を取っていたはずなのに、なぜ空が、雲が、木の葉が見えるの?


「………。」

混乱している私の髪に、そっと何かが触れたのを感じた。驚いてそちらを見ると、一人の男性が私の顔を覗き込む。
…うそ……こんなに接近されるまで気がつかなかったなんて…!



「あ……あなた、は…?」
「……。」

彼は何も答えずに、ただただ私を見つめるばかり。……見つめる、といっても視線を感じているだけなのだけれど。

男性は漫画で見る忍者のような出で立ちをしている。
額当てに似たもので顔の上半分をすっぽりと覆っていて、背中には対の短い刀を背負っているみたいだった。



「………。」
「あ、の……?」
「……。」

き、気まずい……!
どうしていいのか分からずに男性を見る。でも彼もその状態のままで、動こうとしてはくれないらしい。

埒が明かないから、私が体を起こそうとすれば横から逞しい腕が伸びて来る。どうやら私が起きるのを手伝ってくれるみたいで、優しく支えられた。
小さい声でお礼を言って、私はやっと屈んでくれている彼に向き直る。



「……貴方が話せないのには、何か理由がお有りですか?」
「………!」
私が問いかけると、彼はこくりと頷いてくれた。武器を持っているのに、彼は敵意とか殺気といったものは持っていないみたいだ。
でも話すことが出来ないのならば、どうやって聞いた事に答えてもらえるだろう。

悩んでいた私を気遣わしげに見た男性は、持っていた茶色い学生鞄を持ち上げて見せてくれた。私の鞄だ。
彼は私が悩んでいる理由が持ち物が無くなっていることだと思ったらしい。


「ありがとうございます。貴方が拾って下さったのですね。」

その優しさがとても暖かくて、嬉しい。彼は私の言葉に小さく頷いて、私に鞄を渡してくれる。受け取ってすぐに私は鞄を開けた。
何か意志の疎通が出来るものは、鞄の中に入っていなかっただろうか。

「あ……!」
しばらく探っていると、メモ用紙とシャープペンシルを見つけた。シャープペンの芯があるのを確認して彼に渡す。
けれど、彼は首を傾げるばかり。

もしかしてシャープペンの使い方を知らない……?


「えっと、それは文字を書くことが出来るもので、私のいた所には普及していたのですが……ここにはないですか?」

こくり、彼が頷いた。ここは日本ではないのかもしれない。
けれど、私の話している言葉が通じているし、彼の背負っている刀は日本独特の文化のはず。
色々と情報が足りない。彼に聞くしかない。
幸い先程の説明でシャープペンの使い方は分かってくれたようだし、彼は私をさほど警戒してはいないようだし。

「いくつかお聞きしたいことがあるんです。宜しいですか…?」
こくり、彼は頷く。それを確認して私は改めて彼に向き直った。


「ここはどこなのでしょうか?」
最初に何を聞くべきか迷ったけれどここがどこなのかはっきりさせる必要があるし、ここがどこなのか分かれば最悪、歩いて帰る事が出来る。
彼は少し逡巡してからメモ帳に文字を綴り始める。出来あがったのかくるりとメモ帳を返した彼の字はとても達筆で、流れるような綺麗な字だった。
そんな綺麗な字で書いてあったのは、甲斐という二文字。

甲斐?私は首を傾げる。それって関東地方のあたりに位置したという国の名前…?
なぜそのような名前が出てくるのだろう?

嫌な予感が、背筋を凍らせるような錯覚を起こした。



「……今は何年なのでしょうか?」

くるり。
今度は返すのが早い。コツを掴んだのかもしれないなんて思いながら、彼の返したメモ帳を見た私は思考が止まってしまった。

 

prev / next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -