triste
兎、頬を染める
雪宮殿がこの上田城に来られて、今日で四日が経つ。
その間も佐助は彼女を警戒しては殺気を放ち、威嚇をしていた。
しかし雪宮殿はそんなことをされても、仕方ないと言わんばかりに薄らと笑みを浮かべてそれをやり過ごす。
(まだ傷が癒えていない……)
あの日、治療しようと取った腕はするりと抜き取られてしまい、雪宮殿の首にある傷はまだ治療されていない。
かなり深く…しかし死なぬぎりぎりのところが傷ついていたため、治るのにも時間がかかるのだろう。
首に残った傷は、彼女には不似合い過ぎた。
(なぜあんなに無理をするのだ……)
自分が怪しいのは本当のことだから、佐助の判断は正しい。
自分は本来ここにいるべき人間ではない、と――…
だからそんなに気にかけないでほしい、と悲しそうに笑った雪宮殿の顔色は日に日に悪くなっている。風に吹かれたら倒れてしまいそうだ。
「ごちそうさまでした。」
「雪宮様、お加減でも悪いのですか?それともお口に合わなかったとか……」
「いえ……とても美味しかったです。もともとあまり食べられなくて……すみません…。」
女中との会話。
手をつけたのか、と尋ねたくなるほどの量しか減っていない朝餉。
食事もほんの少ししか摂らず、ろくに寝てもいないのだろう、元々白かった肌は白を通り越して蒼白になっていた。
(おそらく精神的にも限界が来ているのかもしれぬ。)
何度か気晴らしと称して甘味屋にお誘い申したが、すべて控えめに断られる。
どうしたものか。
「和泉よ、」
「はい。」
「おぬしがここに来てもう四日目じゃ。」
「…はい。」
きょとりと目を瞬かせた雪宮殿は、まだあどけない少女だ。それがあの顔色だから痛々しく感じる。
「……っ、」
胸が酷く締め付けられた。
「おぬし、城下を見てみたいとは……思わぬか?」
「城下……?」
「そうだ。儂が納める武田の領地、是非に見てほしい。」
「で、でも…私は……。」
「幸村よ!」
「はい!!」
遠慮がちに俯いた雪宮殿を見て、お館様が溜め息をつかれた。
お館様に呼ばれ、背筋が伸びる。その風格に相応しいお館様の声が、やんわりと優しい色を帯びた。
これはいつものお館様の声。某が尊敬してやまないお館様の一面なのだ。
「和泉に城下を案内せい。和泉よ、幸村なら大丈夫じゃ。」
「…え、その……。」
安心させるように笑むお館様に、押されている雪宮殿。きっと今なら雪宮殿も外に出ることを良しとして下さるだろう。
「本日の執務が終わり次第行ってくるがよい、幸村よ。」
「はい、お館様!!」
「和泉も、それでよいな。」
「え……は、はい…。」
某と話していたお館様が突然向きを変えたことに驚いたのか、雪宮殿は瞳を瞬かせてぎこちなく頷いた。
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