triste

 兎、頬を染める




「わ……」
隣から小さい感嘆の声が聞こえた。鈴を転がしたようなか細い声に、思わず驚く。
改めて彼女が平和な場所からやってきた少女だということを理解した。

「これが、城下…。」

橙色の瞳はきらきらと輝いている。幼子のようなその双眸は、酷く無邪気だった。
ここに来て初めて、彼女の少女らしさを見た気がする。大きな瞳はくるくると動き、その度に長い睫毛が震えた。


「雪宮殿、」

声をかけるとくるりと回る小さな頭。
こちらに全く邪気のない瞳を向け、彼女は小さく首を傾げた。その様は実に可愛らしい。

「どこか行きたい場所はお有りか?」
「行きたいところ……」

控えめに俯き、桜色の唇を手で覆い隠すようにして考え込む。眉を下げて真剣に悩んでいるようだ。

少しして顔を上げた彼女は、何やら神妙な顔でこちらを見る。



「あの、書物を扱っているお店はありますか…?」
「書物?」

眉が寄った。
雪宮殿くらいのおなごは茶屋や装飾品などに興味があると思っていたのに、書物とは。

某の眉が寄ったことで店がないと勘違いしてしまったのか、彼女は小さく首を振る。


「あ、ないならいいんです。」
「いや、確かに書物を扱っておる店はこの辺りにもあったはず……しかし、なぜ…?」
疑問だった。
見たところ学者というわけでもなさそうだ。なのに彼女は団子でもなく、簪でもなく、書物が欲しいと言うのか。


「それは……」
そう言うと彼女は言葉に詰まる。何か考え込んでいるようだ。
佐助も言っていたが、彼女はよく言葉に詰まり何かを考え込む。それは怪しいらしいが、単に口下手な少女なのではないかと解釈していた。

まさか……本当に彼女は間者なのだろうか。ならば、ここに来たのは情報収集のためか?
そこまで考えてその考えを振り払った。彼女が顔を上げたからだ。



「私、この場所に来て日が浅いです。まともに字も読めません……だから、その…勉強をしなきゃって……。」

彼女は羞恥からか頬を染めて、悔しそうに唇を噛んだ。俯いてぽつりぽつりと話す雪宮殿は、不安なのか両手を強く握りしめている。
彼女の言った内容に、目から鱗が落ちたような気分になった。

そうだ、この少女はこの場所をよく知らないのだ。
知らない場所に来て、何も知らないまま日々を過ごすなど恐ろしいことこの上ない。


「そうか、そなたは違う世界から来たと仰っていたな。そういうことならばご案内致そう!」

そう言えば彼女は花が咲いたような笑顔を浮かべた。
 

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