leprotto

■ 揺れる瞳

「和泉、か……。」

逃げるように部屋を出て行った少女の名前をそっと声に出す。
今、雲雀の頭の中には彼女しか浮かんで来なかった。

先程まで沸々と沸き上がっていた苛立ちは彼女の白い首に咬みついたことで昇華できたが、今度は彼女への興味が湧いてくる。

同時に、和泉の細い肩が浮かび上がって来た。



「…なんで、あんな怪我を……。」

先程、彼女の首を盗み見た際、雲雀は見たのである。



深く斬られたのであろう、およそ少女には似つかわしくない傷が彼女の体に赤い線を作っていたのを。

それから導き出される答え。


「刃物…、刀傷……彼女は山本武と戦った…?」

その考えが正しければ、山本武はここに居ることになる。……となれば、沢田綱吉や獄寺隼人もいるのだろう。
しかし、暴力を嫌う草食動物である沢田綱吉はなぜここに居るのか。

同じくここに居る自分との共通点があるということか?



(彼女はなんて言っていたかな……)

考えに没頭するべく視線を下ろしていくと、壁にスプレー缶を使って描いたのだろう、数々の落書きを見つけた。
大きく存在を誇張するローマ字に、雲雀の眉は自然に寄っていく。

こんなものを廃墟とはいえ公共物にでかでかと残すなんて、馬鹿のすることだ。
ふとI am King、と描かれたものが目に止まった。



「“私は王である”…ね。…随分といきがってるじゃない。」


口元に笑みを浮かべると、雲雀はその落書きを指でなぞる。
この落書きを描いた人物は自分が咬み殺した中にいただろうか、その人物はどんな心境で自分に咬み殺されたのだろうか、そう考えるだけで雲雀の口元には嘲笑が浮かんだ。




「ん?……キング…どこかで……。」
しかし、その語感に引っかかりを覚えた雲雀はきんぐ、ともう一度反芻する。


『貴方はランキング一位なんです。』

脳内で鈴を転がしたような、涼やかな声が響いた。それによって絡まっていた紐がするすると解けていく。



「僕が、一位…。並盛を襲ったのってこれが関係してるのか。」

雲雀には誰がどのようにランク付けしたのかはわからないが、そういうことなのだろう。おそらく戦闘において、並盛中内での強さの位置づけなのだろう。
自惚れているつもりはないが、自分の強さはそれなりに自覚しているつもりだ。

それ以外で自分が1位に入るということは考えられない。


そして自分ほどではないが、獄寺隼人と山本武も一般人を基準とすればかなり強い部類に入るだろう。
……沢田綱吉は知らないが。



「和泉……ね。」
「ウサギ、スキ!スキ!」
「君はそうなの?僕は……」
そこまで考えて、雲雀はまた少女の名を呟いた。口元が弧を描き、綺麗な曲線が生まれる。
雲雀が笑ったのが分かったのか、小さな黄色の鳥が雲雀の元へ飛んで来た。




「欲しい、な。」

雲雀がそう言った瞬間、壁が轟音を立てて粉砕された。見れば顔面蒼白の獄寺隼人が、瓦礫の中で仰向けに倒れている。


「並盛中、風紀委員長……雲雀恭弥…」
「もしかして、この死に損ないが助っ人?」

眼鏡をかけた男と、金髪の男が雲雀を覗き込んだ。獄寺隼人は吐血していて、視線もどこか虚ろだ。

ゆっくりと立ち上がり、雲雀は目の前の草食動物を見据える。



「へ……うちの学校のダッサイ校歌に愛着持ってんのは…テメーくれーだぜ……」
「…自分で出れたけど、まあいいや。」
黄色い鳥が、肩に止まった。
雲雀は倒れる獄寺隼人に視線を向ける。
発言の内容に少しばかり眉が寄るが今は緊急事態だ。そんなことよりもこの場所から出られたことが大切なのである。






「そこの二人は――…僕にくれるの?」

瓦礫の下に埋もれる自身の得物を視界に入れつつ、雲雀は目の前の獲物に殺気を放ったのだった。

 

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