leprotto

■ 揺れる瞳

「和泉。」

和泉が部屋に入ってくるなり、骸は和泉の名を呼んだ。
華奢な肩がびくりと震える。
柔らかに微笑んで、和泉に近付いた。和泉が小さく俯いたので、細い肩を引き寄せる。


「和泉。」
「はい……。」
「君がここに来る少し前に、ボンゴレがこの建物の中に来ました。今、千種と犬に迎撃させています。」
「……ッ!?」

和泉の橙色の瞳が、零れ落ちそうなほど見開かれた。泣きそうな顔が骸を見上げる。
それに口元が、緩やかに弧を描いていくのを感じながら、骸は和泉を見た。



橙色の双眸を潤ませ、それを縁取る睫毛は不安げに下を向いている。ほんのりと色付いた唇は瑞々しい桃のようだ。
日に焼けていない頬が、今は桜色に染まって蒼い髪を引き立たせている。

そのすべてが、あの仄暗い場所で見た光景と重なった。
死んでいく子供、それを平然と見ている大人、包帯を巻いた幼い千種に、泣きそうな顔の犬――そして和泉。



本当に、自分は良い拾いものをした。

心中で呟いて視線を下へ運んだ骸は、白い首筋に赤い傷を見つける。
それは自分がつけた契約の跡で、所有印のようなそれは和泉が自分のものであるという証。

もう一つつけてやったら彼女は困ったように……悲しそうに笑うのだろう。


そんな考えを巡らせていると、和泉が小さく身じろぎした。その拍子に和泉の着ている制服の襟が捲れ、これまた白い鎖骨が露わになる。



「……!?」

そこにあったのは、痛々しい噛み跡と熟れた赤い華だった。
荒々しいそれは、明らかに自分がつけたものではない。かといって、犬や千種は和泉にこんな事をしないだろう。

先程まで和泉は、雲雀恭弥を運ぶのに別室にいたはずだ。しかし雲雀恭弥が起きているはずないだろう。
身体能力が常人よりも遥かに高い骸が気絶するまで痛めつけてやったのだ、そんなに早く意識が戻る訳がない。


だが、彼はあの不良集団を束ねていた相当の実力者なのだ。意識があってもなんら不思議はない。
それに、和泉が力で押し負ける人物というのが彼しか思い浮かばなかった。



「む、くろ…様?私も……!」
「いえ、君にはここにいてもらいます。いざとなったら…分かるでしょう?」
「……。」

俯いたままの和泉の艶やかな髪を一房掬い上げ、口付ける。こういう時の和泉は何かを言おうとしているから、それを聞きたくなかった。大方自分もボンゴレの迎撃に出たいと考えているのだろう。
しかし、こうすれば和泉は、寂しそうな光を瞳に宿して唇をぎゅっと引き結ぶのを骸は知っていた。

そっと首の赤を撫でると、和泉はびくりと肩を震わせる。


「いいですね、和泉。」

和泉の答えなど決まっている。彼女にとって自分の存在こそが絶対なのだから。和泉は目を閉じて骸に身を委ねた。

「骸様の、お心のままに……」


小さく発された和泉の声に、骸は嘲笑にも似た笑みを浮かべるのだった。





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