leprotto

■ 伸べる手



(まずい……!)


和泉は焦っていた。

まさか戦いの場所が、水上から水中に移されることになろうとは思いもしなかったからだ。
ちらりと目の前の青年を見る。相変わらず無表情のまま、和泉を押さえつけていた。


(わざわざ水中戦に持ち込むなんて……予想外だった…!)

人間という生き物は陸の上で発達してきた種族だ、水中で活動するには向いていない。

だからこそ酸素ボンベやシュノーケルといった潜水用具を作り、水中に長く留まることが出来るように日々努力しているのだ。



和泉もまた例外ではない。

いくら特殊能力を宿しているといっても体の構造は一般人と変わらないのだから、水中に留まっていられる時間もそんなに変わらないのだ。
特に和泉はスピードで相手を翻弄し、相手の隙を見つけて攻撃するという手法を得意としている。

走るのが陸ならばいいが、ここは水中。速さも生かしきれないというわけだ。


つまりは絶体絶命。

先程から和泉の首元を押さえつける青年の手は、男性にしては華奢なのにも関わらず微動だにしない。
これが男女の力の差なのか。


(早く水上に出ないと……)
和泉が水中で行動できる時間などたかが知れている。
早く水中から出なければ、溺死してしまうだろう。

しかしそのためには目の前の青年を剥がさなければならない。


ごぼり、
(………!)
肺の中に溜めていた空気が早くも漏れ出した。思わず目を見開く。
それに気付いたのか、青年は待ってましたとばかりに和泉の首を絞めにかかった。

彼の表情は水上と何ら変わりない。潜水が得意なのかもしれない。
だとしたら、この水中では和泉に勝機はない。



ごぼ、

また空気が漏れていく。
首にかかる力が強くなった。

上に上がっていく気泡を、和泉はぼんやりと見つめていた。



――お前に足りないのは、自信だ。

意識が遠退いていく。
耳に聞こえるのは最近聞いた、金髪の男の言葉。




「なんだよ、ちゃんと制御出来てるじゃないか。」

心配することなんて一つもなかったな。
朗らかに笑った跳ね馬に、和泉は目を見開いた。
これで能力を制御出来ているのか、と。

いまいち実感が湧かない和泉は首を傾げた。


「んー……お前、“冷気を操る力”と“移植された力”っていうより…」

ちょっといいか。
そう言って跳ね馬は和泉の手を握る。跳ね馬の手は大きくて暖かかったのを今でも覚えていた。

「うわ、冷てー!……あのさ、この力って…」

真剣な表情で、跳ね馬は和泉を見る。


そして、


「      なんじゃないか?」






ごぼっ、

ぼんやりそんな事を思っていた和泉は、はっと目を見開いた。

目の前には変わらず青年と、時折上がっていく気泡。

(私に足りないもの……)

自信。
それをまだ持つことは出来ないけど。

和泉はゆっくり青年の手を掴んだ。そして手のひらに意識を集中する。

「!」
和泉の様子に青年が目を見張った。
彼はすぐに和泉から手を離し、距離を取る。

その隙を見て、和泉は浮上しようと水をかいた。
 


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