leprotto
■ 伸べる手
「あいつら……なんも喋んねぇな…」
山本の言う通り、雪の守護者候補は双方無言で互いを観察している。
と、ここで綱吉は異変に気付いた。
「あれは……ヒビ!?」
少女の乗っている板にヒビが入り始めているではないか。
双方睨みあっているというのに、このままでは少女が板に気を取られて隙を突かれてしまうかもしれない。
ばきり、
嫌な音がした。その音に反応して少女は足元に目線を落とす。
「やべーな。和泉のやつ、負けるぞ。」
山本の肩に乗っているリボーンが言った。
同時に向かいの板にいた青年の姿がかき消える。
綱吉が瞬きをしたその時には、既に彼は少女の背後に迫っていた。
「危ない!!」
「!」
すぐに反応した少女は、身を翻して青年の強烈な一撃をかわす。
青年は無表情を崩さずに他の板へ乗った少女へ視線を向けた。
青年が再び少女へ攻撃を仕掛けようと跳躍する。それと同時に、少女の乗った板からは煙が噴き出した。
思わぬところで足止めを食らった青年は、近くの板に着地する。
「おいおい……」
「まだ開始から十分も経っていないぞ…」
「あいつらどんな動きしてんだよ…!」
山本と笹川が声を上げた。
獄寺も息を吐き出して声を震わせる。
彼らの身体能力でさえ、あの動きを捉えられないのか。
「……足場が、減ってる…」
クロームと同じように綱吉たちから距離を取っていた雲雀が、ぽつりと呟いた。
それに驚いて綱吉が板の枚数を確認すると、驚くことに三十枚近く並べられていた板が早くも十枚を切っている。
「和泉……」
クロームが両手を握り締めて大きな瞳に不安を浮かべていた。
その横では城島と柿本がどこか緊張したような面持ちで対戦を観戦している。
「……開始から十分経ちました。」
「残りの足場は六枚です。」
チェルベッロが冷静に戦闘の様子を伝えた。
そんなことに興味を示さずに、青年は音も立てずに跳躍する。
再び背後に迫った青年に素早く体を向けて、少女は針を放った。
「く……は、な…して…!」
「……。」
しかし呆気なく避けられてしまい、少女は青年に掴まれてしまう。
掴まれた手を何とか剥がそうとする少女だったが、いかんせん男女の差。
彼女の細腕と青年の腕、どちらの力が強いかなど明白だろう。
「………。」
「っ!」
青年は少女を水の中へと落とすつもりらしい、彼女を強く引く。
いとも簡単によろけた少女を天も見捨てたのか、足元の板は沈没を始める。
少女は青年の足を払うがそれすらも予測していたのか、青年はあっさりとそれをかわして彼女を水中へと引きずり込んだ。
どぼん、
大きな音が響く。人間二人が落ちたのだ、当然だろう。
「ああ!落ちちゃったよ!!」
思わず綱吉は叫んだ。
今は十月も終わりにさしかかっていて、プールだって使われない時期だ。
そんな時期にこんな深い水槽の中に落ちてしまったら、冷たくてかなわないだろう。
いや、鍛えていない綱吉だったら寒さで凍死してしまうかもしれない。
しかも今落ちたのは綱吉よりもずっと華奢な少女だ、彼女の安否が心配だった。
「ご安心を。」
「皆様、こちらをご覧ください。」
そんな綱吉の心中を知ってか知らずか、そう言ったチェルベッロは手元のリモコンを操作した。
スクリーンが降りて水中の様子が映し出される。
そこには水中で青年と格闘している少女の姿があった。
細い手で必死に首元にある青年の手を剥がそうとしている。
「苦戦しているぞ!」
「水中じゃ思うように動けない上に、和泉は女だ。スノウの方が力は上だろうな。」
笹川の声に冷静にリボーンが答え、綱吉は口を閉じた。
確かに水中では浮力の働きによって思うように動くことが出来ない。
「和泉は速さで相手を引っ掻き回し、針で隙を突くタイプだ、腕力じゃ敵わねぇ。」
能力も接近戦タイプじゃないみたいだしな。
そう付け足したリボーンに全員が振り向いた。彼は少女の能力を知っているらしい。
彼女の能力は一体何なのか。
そんな意味の含まれた視線を全員がリボーンに向けるが、当の本人はどこ吹く風。
円らな瞳でじっとスクリーンを見つめるばかりだ。
「あいつの能力は一体何なのかって顔だな。」
「リボーンさん!知ってるなら教えてください!!」
「……見てればわかる。」
獄寺の声にもリボーンは余裕の笑みを返す。
そのまま全員がスクリーンを見つめれば、画面の中の少女は青年の手を掴んだ。
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