20
カフェミュウミュウに出勤すると、皆開店準備に勤しんでいた。
たしか昨日思いがけず歩鈴が仲間になった筈だか、その姿は見えない。
まああの子小学生だからまだ働いちゃだめなんだけどねほんとは。
「歩鈴は?」
「歩鈴さんなら子守があるとかで、再来週から働きにいらっしゃるらしいですよ」
「なーるほどね」
「…あ、そういえば」
歩鈴も大変だなあとテーブルを拭きながら考えていると、思い出したかのようにれたすが話を切り出した。
「歩鈴さんが仰ってたんですが…」
その時、丁度遮るようなタイミングで白金が箒を持って出てきた。れたす何を言おうとしてたんだろ。
「店の外、掃除終わったのか」
「あっ…まだですけど……」
「じゃあ──名前」
あーはい何となく予想ついてましたよハイ。毎度のこと雑用とか面倒事に抜擢されるのは何故だろう。解せぬ。
「はぁ…ご指名ありがとうございマス」
「………」
「?………なによ」
「…ほら、綺麗にしとけよ」
不満げに唇を尖らせた私を意味ありげに見つめてきた白金は、私に箒を渡すと足早にスタッフルームに消えていった。
いったいなんなの…。
「はぁあ……」
深い深い溜息をついて、まだ中学生なのに何この労働量…と呟く。隣で掃除を手伝ってくれているれたすが苦笑いしてるが彼女は不満はないのだろうか……時々みんとへの本音は漏れているが。
「Hello, Excuse me .」
「…え」
「Hi, my name is Mary Mcgwire.」
「ええ???」
急に流暢なイングリッシュが聞こえたと思ったら、凄く美人な外国人の方が身振り手振りで何かを尋ねてきていた。
ピ、ピンチだ…。
前世も今世も生粋の日本人で、リスニングも中学英語並の能力しかない私が当然理解できる訳もなく、とりあえずshiroganeと連呼していたので、白金連れてきて…と今にも死にそうな形相でれたすに言うしかなかった。
ええい、とりあえず自己紹介だ!
「おっけー、Ms.Mcgwire .I'm name.」
「name ?」
「いえす!」
するとまた矢継ぎ早にwhy did she go?やらMr.shiroganeやら返事する間もないほど質問攻めにあった。もう泣きそう。
「Is there Mr.shirogane here ?」
「Yes!Yes!めいびーいえす!」
誰でもいいから早く来てよ〜!!と思いつつかろうじて聞き取れた言葉に全力で対応していると、私の後ろから救世主が現れた。
「あれ?桃宮さん」
「へ?あ、青山くん…!!」
今日は君が一段と輝いて見えるわ…!!
「どうしたの?」
「えっと、今ここのお店で働いててそれで…」
青山くんと軽く談笑が始まりそうになっていると、またマリーさんの質問攻めが始まった。あああれたすまだなの…!?
「Umm...Who is he ?」
「ひ、His name is Aoyama.He can speak English !」
英語の質問攻めに耐えられなくなった私は心の中で謝りつつ青山くんに強制バトンタッチをすると、青山くんは嫌な顔一つせず、それどころかきちんと英語で対応していた。
青山くん、ほんとに中学生なの…?私前世で中学校を修了した身なのに形無しじゃん…。
マクガイアさんも心なしかホッとしたように話し出した。
「Um…この人はマリー・マクガイアさん。"しろがねりょう"っていう人を訪ねてきたそうだよ。」
「なんだ……」
やっぱり白金のお客さんか、と思ってるとやっと赤坂さんと白金とその他3人が出てきた。白金に遅い、という恨みを込めてじとっと見つめた。が、チラリとだけ見てスルーされた。
「Hello, Ms. Mcgwire.This is Mr.Ryo Shirogane」
「Nice to meet you .」
「Oh...nice to meeting you , Ryo. 」
なにやら赤坂さんが白金をマクガイアさんに紹介し、白金とマクガイアさんがよろしく、と握手しあってる感じだ。
うわわ大変だ…英語出来る人達に囲まれた…!
ふと白金が青山くんに目を向け、視線が合うとそのまま目を離さず時が止まったように感じた。
え、なに?
この2人何かあるのかと勘ぐっていると、急に白金が青山くんからあっさり視線を外し、私と目を合わせずにただ耳元で、掃除、サボるなよ、とだけ囁きマクガイアさん達と店内に入っていった。
し、刺激がつよい。
「………桃宮さん、彼は君の友達なの?」
「そこの3人は友達。白金は……んー、なんだろ」
友達?協力者?憧れの人?
今まで考えたこともなかった事に、曖昧な笑顔で返す私を青山くんはじっと見ていた。
「青山くん?」
「いや…………僕はもう部活に行くよ。じゃ、頑張ってね桃宮さん」
「あ、うん。またね!」
何か考え込む様子だった青山くんはいつも通りの王子様スマイルで手をふって去っていった。
「爽やかで素敵な方ですね」
「あれが名前の彼氏ですの?」
「違うってば…」
みんとにからかわれつつ店内に戻ると、マクガイアさんがピアノを演奏していて美しい旋律が響いていた。
にしても、どこからあんな大きなピアノが…?
「bravo.」
「Thank you, very much.」
演奏が終わると拍手に包まれ、マクガイアさんは微笑んだ。
それを横目に赤坂さんが彼女について説明をしてくれた。
「実は稜が来週パーティーを催すと言い出しましてね、彼女に会場で演奏していただくためにお越しいただいたんです」
「パーティー?」
「はい、日ごろ頑張って店を手伝ってる皆様を労おうと思いまして」
その言葉に各々から喜びと驚きが混ざった声が漏れる。
「豪華絢爛、華麗なパーティーにしようと思っています。皆さんにも、素敵なドレスを用意しました」
「あの、それって白金さんが主催ということですか?」
当の本人はれたすの疑問には答えず、マクガイアさんにではまたパーティーで、なんて言っていた。
このパーティー、半分は本当に労いの気持ちをこめてのことだろう。しかし白金のことだから、もう半分はなにか別の事が関わってるのでは……。
「稜は彼女の演奏に惚れ込んでいます。ピュアな魂を感じる、と………私もそう思います。」
「…ピュアな魂」
赤坂さん。
それ、フラグじゃないの。
だいぶ日も傾き、店の裏で廃棄物を片付けてると裏口の戸が開く音がした。
「ああ言う男が趣味なんだな」
「…白金」
白金は両手を後ろに回しており、どこか不自然だ。
「趣味っていうか…青山くんとはただの友達よ。それよりパーティーの件、何かあるの?」
「さあな………ほら、」
空気を変えるようなやけに優しい声と共に隠していた手を差し出される。その手には箱が握られていた。
不思議に思いつつもその開けると、煌びやかな装飾や刺繍が目に留まった。
「わぁ……!」
「ドレスだ」
その声に顔を上げると彼はもう背を向けていて、いちご色ってそんなだろ、と小さく呟いて店に戻っていった。
「いちご色……?」
ドレスを広げてみると、全体的に桃色でアクセントが赤と白の上品で可愛らしいデザインだ。
──白金はどうしてこの色を、いちご色って言ったのか、やけに気になった。
(いちご)
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