_鉄の匂いが鼻の奥まで突き刺す。






 その異臭に吐き気がこみ上げるが、立ち止まるわけにはいかない。今は、できるだけ敵を倒さなければ。向かってくるトリオン兵を片っ端から切っていく。手応えと共に、敵は倒れていった。いつまでも、この感触には慣れそうにない。人ではないとはいえ、やはり何かを斬るのは気が滅入る。

 それでも、私はこの手を止めることは無い。剣を持って、敵と相対するのにまだ恐怖は拭いきれなけれど、でも、もう何もできずに守られるだけは嫌だ。半年前、一人取り残されて、仲間の死を聞くことしか出来なかったあの日はもう二度とごめんだ。



 辺りは瓦礫だらけで、元の街の形は跡形もない。中には心臓部から血を流した人_おそらくトリオン器官を取り出された人の姿も見えた。どこからか聞こえてくる子供の泣き声、「助けて」と叫ぶ声、そのどれも無視して私は敵に向かいひた走る。ごめんなさい、今は私には助けることができない。唇を強く噛み締めた。

 こうなることを、分かってはいたはずなのだ。幼馴染の彼のサイドエフェクトを使えば、今日この三門市に近界民が攻め込むことも、たくさんの人が亡くなることも全て。だから、私たちはできる限りこの侵攻の被害を最小にしようと今こうして戦っている。

 でも、本当に被害を最小にするのならば、もっと別の方法があったことを私たちは知っている。嘘つきだろうがホラ吹きだと言われようが、本来なら街の人をここではない場所に事前に避難させるべきだった。

 それでも、私たちは選んだ。犠牲を出してでも、今回の件で表舞台に立つことを、ボーダーを公表することを。またいつかの、来るべき時に備えられるようにするために。

 でも、そんなことはやっぱり建前でしかない。私たちは、犠牲を代償にしている。これからのために、救えるはずだった命から目を逸らしている。






 空には黒い雲が漂いはじめ、まもなく雨が降り出した。しとしとと、この街に降り注ぐ雨はまるでまだ見えない先の未来を暗示しているようだった。

 トリオン体のため、体が冷えることも、服が水に濡れ重くなることもない。ただ、今はそれがどうしようもなく恨めしかった。



ヒーローになれなかったあの日




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