突然

「...美智子さんは?」
「まだ手術中だって...」
「そっか...」

 山本も、剛さんも、手術室前のソファにうなだれて座っていた。あたしも山本の隣に座ると、「手術中」と赤く点灯されたランプを見つめた。手袋もせず走って病院に来たから、手の感覚はあまりなくて痛かった。でも、それは寒さだけではない気がしていた。外は雪こそ降っていないが、10年ぶりの寒気が流れ込んでるとか何とかで例年以上に寒いらしく、向かい風が刺すように鋭かったことを覚えている。

 今日は冬休み1日目だった。珍しく親が2人とも仕事が休みだったので、久しぶりに家族全員で遊びに出ていたのだ。ずっと前から行きたかった水族館に連れて行ってもらえて、とても幸せだった。

 でも...それにしてもタイミングが悪すぎた。家に帰ってしばらくしてから山本から電話がかかってきて、どうしたんだろうと思いつつ受話器を取れば、美智子さんが倒れたと切羽詰まった様子で言われて。並盛総合病院で今から手術だから!と切られ、あたしもいてもたってもいられなくて、両親に何も言わず家を飛び出してきた。

 剛さんは魚を仕入れに遠くの市場まで。山本はその日1日野球の練習で家にいなかった。だから、誰も美智子さんが倒れていることにすぐに気が付けなかった。練習終わりの山本を車で拾って、剛さんと山本は一緒に帰宅したらしいが、そこで初めて美智子さんが倒れていることに気が付いたらしい。急いで救急車を呼んで、病院に運び込まれるやいなやすぐに手術。それから今も、まだ手術中らしい。

「大丈夫かなぁ、お母さん...」
「...大丈夫だよ、美智子さんならきっと」

 震える山本の手を握った。山本の手は、もう何十分も暖かい病院内にいるというのに、氷のように冷たかった。



「...ランプ、消えた」

 蛇の目みたいにこちらを射抜かんとしていたランプが消えていた。手術は終わったみたいだった。だというのに、一向に誰も出てくる気配がなくて、あたしたち3人は焦れったくてどうにかなりそうだった。1分が何時間でも感じられた。

 やっと手術室から出てきた男の人の表情は暗いものだった。
「手を尽くしましたが、残念ですが___ 」


● ○ ●


 美智子さんの病名はもう覚えていないけれど、初出血で3分の1が亡くなるとか何とか、お医者さんの言葉が全て言い訳に聞こえてしまって仕方がなかった。


 本当に、突然だった。


 昨日まであんなに元気だったのに、一緒にテレビゲームやって遊んだのに、おやつもくれたのに、美智子さんはもういないらしかった。とにかく現実味がなかった。

 完治は難しく、発症しても助かる可能性は低い病気らしいけれど、今でも思う。もう少し美智子さんを病院に早く連れて行けたら。もし、あたしの両親がその日休みじゃなくて、山本の家に預けられていたら。もっと早く美智子さんが倒れていることにも気が付けて、助かったんじゃないかと考えてしまう。そんな「もし」なんて考えても時間は戻るはずがないし意味ないことなんて分かっているけれど、それでもきっと、一生忘れることはない。





 お葬式があって、たくさんの人が美智子さんの死を悼んだ。美智子さんは町でも人気者だったから。皆「まさか美智子さんが」と悲しんだ。

 山本は、お葬式では1粒の涙も見せなかった。だけど、あの目。悲しみが篭もったあの目だけ、脳裏に強くこびりついている。

● ○ ●


 それから、なんだか山本の家には軽く遊びには行けなくなって。小5の時クラスが離れたのと、だんだん周りの目が好奇を帯びたものに変わっていくのが嫌になって山本と話すことも減っていった。それに、この頃にはもう1人で留守番も出来るようになっていたのも拍車をかけた。

 幼馴染からただの同級生へ。そうなるのに、対して時間はかからなかった。



 中学生の時、山本は野球が出来なくなって自殺しそうになったり、しかも中2の時は大怪我をしていた(完治は難しいと言われていたが、奇跡的に治っていた)。

 そんなときでさえ、あたしは、あいつに何も出来なかった。そして、今度はあんなに大好きだと言っていた野球をやめようとしている。それ自体は、山本の選択だから何も言うつもりはない。ただ、今日の別れ際のあの目が、あの日の目と重なって見えて、どうしようもないほど気になって仕方がない。

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