どうかしてるよ2 | ナノ


 岩ちゃんの期待もむなしくやっぱり雨は降り続いて(いや、だから止んだところでどうせ体育は中止なんだけど)、一日中空は暗いまんまだった。俺たちバレー部は空が明るかろうと暗かろうとおかまいなしにボールと戯れるわけだけど、さすがに夜になったら雨足が弱まるかなって、期待していなかったと言えば嘘になる。練習終わりのマッキーは窓を見つめて、

「降りすぎだろさすがに……もうこれで向こう半年は雨降らないって」

とテキトーなことを呟き、まっつんに「言い過ぎ」とたしなめられていた。

「まあバレー自体は室内競技だしね」

と部屋の中央に堂々と居座るベンチに腰かけながら俺が言うと、

「家から学校までテレポーテーションできる人だったら、いいんだけどネ!」

と付け加えられた。確かにこうも降っていると、学校に行くのも家に帰るのも億劫だ。
少しは勢いがマシになるかと思って、数十分の間、部室でだらだらと喋っていたけれど、待っても無駄だということを察した部員たちが次々と傘を手に部室を出て行った。

「岩泉たちはいつまでいんの?」

 とマッキーが首を傾げた。岩ちゃんが無言で俺をちらりと見るので、俺も無言でマッキーに持っていた部室の鍵を示した。今日は俺が鍵当番だから、最後までいなくちゃいけない。まあ、俺がみんな帰れよって急かせば良かったんだけど、こんな雨だとそれも酷だなと思って、こうして待ちぼうけしているのだった。岩ちゃんはそれを察してか、静かにみんなが出ていくのを眺めている。別に、ひとりで帰ったっていいのにね。俺、怒ったりしないし。文句は言うだろうけど。
 
「こんな日に災難だな。さては雨男か?」

 マッキーが俺を労ってくれる。まっつんがそんな様子を見て、マッキーの肩を叩いた。

「花巻。俺らも帰るぞ」
「え、及川たちも帰るだろ?」
「昨日約束してたピザまん奢ってやるからさ」
「いやこんな土砂降りの中で!? 冗談でしょ〜」
「本気」
「でも腹減ったし、雨宿りがてらファミレスでも行く?」
「それでもいいよ」
「決まりだな」

 じゃあな、とマッキーとまっつんが揃って出て行く。まっつんが意味ありげな視線を送ってきたけど、俺は何故だか取り残された子どもみたいな気持ちになってしまって、拗ねたような表情でまっつんに手を振った。
 こうして、残っているのは俺と岩ちゃんだけになってしまった。俺は岩ちゃんに目をやって、帰ろうと提案しようとしたけれど、あまりにも澄んだ目で窓の外を眺めていたので声をかけられなかった。その顔は雨を鬱陶しいなどとはちっとも思っていないようだった。あんなに体育がなくなるのを嘆いていたのに。
 外は雨が地面を容赦なく叩いて、水の中にいるみたいに音がこもって聞こえた。雨に包まれて、この部室だけ、俺と岩ちゃんだけが世界から切り取られて、海に投げ捨てられてしまったみたいに、現実感がない。仮に、本当にそうなってしまったとしても、俺はラッキーくらいに思うだろう。だって岩ちゃんとふたりなら、きっとなんだってできる気がするし……ああ、ダメだ、バレーができないのは、ダメだな。前言撤回。頭の悪いことを考えるのをやめて、俺は立ち上がった。

「いわちゃん」
「ん?」

 こっちに目もくれず、岩ちゃんは返事をした。今度こそ、帰ろう、と言うと、意外とあっさり返事をして、岩ちゃんは立ち上がった。




 外に出ると、朝と変わらないくらいの大雨だった。いや、朝よりも激しくなっている気がする。俺たちは水でちょっとした湖になりかけている校庭を縁取るようにして校門に向かった。

「だから革靴なんか履いてくんなっつーんだ」

 雨が激しく傘を打ち鳴らすから、岩ちゃんの声が少し聞き取りにくい。岩ちゃんの声は地を這うように低いから、そこに耳のピントを合わせれば聞こえなくはないんだけど、次第に雨足が強くなって、どんどん聞こえなくなっていった。
 俺は岩ちゃんに、

「ほんとうに、すごい雨だね。また強くなってる」

 と言ったけど、岩ちゃんは小首を傾げて、しばらく猫のような目でこちらを睨むように見つめていた。

「雨、強いね」

 またしても岩ちゃんは目を瞬く。これはひょっとすると、聞こえてないな。もう1度、今度は声を張り上げようとした。でも、その前に、俺のいたずら心に火がついた。

「岩ちゃん」

 普通の話し声で、普段通りの笑顔で言ってみることにした。からかい半分で。残りは……期待半分。

「好きだよ」

 言った後、柄にもなく周りを確かめてしまった。幸いこんなに遅い時間、そして雨のなかで外にいる生徒などほとんどいない。いても、雨で聞こえないだろう。岩ちゃんがそうであるように。
 岩ちゃんは予想通り、きょとんとした顔で、今度は目を細めて、俺の方を見ていた。どうやら口元を見てなんと言っているか予想しようとしたらしいけど、その後のしかめっつらを見るに、上手くいかなかったみたいだ。良かった。まあ、冗談で済ます用意もこっちにはあるけどね。伊達に片想い長くやってないしね。
 ちょっとがっかりしながら、やっぱり安堵していると、岩ちゃんの唇がぱくぱくと動いた。気づくのが遅れて、なんと言っていたのかわからない。今度はこっちが首を傾げる番だった。

「おいかわ」

 かろうじてそれだけ聞こえた。
 近づいてきた岩ちゃんに、傘で乱暴に顔を隠された。そんなところだけなんで器用なんだ。おかしいだろ。歩み寄り方も雑だったから、岩ちゃんのランニングシューズが跳ね上げた飛沫が、俺の制服に飛んだ。でも、そんなことを気にしている余裕も、その時の俺にはなかった。

 誰も思わないだろうなぁ。

 でっかい傘持ったでっかい男2人が傘の中でキスしてることや、そいつらは幼なじみなことや、そのうちの片方は長年片想いをしていて、このキスは念願だったことや、でもそんなことを忘れるくらいに相手からのキスにびっくりしてることや。こんなにイケメンでモテモテなのに、このあとどんなふうに相手の顔を見たらいいのか、わかんないことも。
 唇を離した岩ちゃんは、まるで弁当平らげたあとみたいに自分の唇をぺろりとなめて、俺をじっと見た。今度は至近距離だったから聞こえた。

「なんて顔してんだよ、あほ」
「いわ、ちゃん」

 なんにも言えない。なんにも、言うことがない。胸が痛い。何が起きてるのか、わからない。パニック状態の俺は、自分が傘を落としていることにも気づかず、雨に打たれていることにも気づかなかった。岩ちゃんは手を差し出してきた。俺はぼけっとその手を見つめる。すると岩ちゃんは俺の耳に届くように大声で言った。

「お前、俺のこと好きなんだろうが」

 岩ちゃんはため息をついて、俺の手をぐいっと引っ張って、自分の傘に入れた。俺の手に自分の傘を押しつけると、代わりに俺が取り落とした傘を拾い上げた。

「濡れちまったじゃねーか。風邪ひいたらどうすんだ。おら、歩け」

 どすっと、足の膝で軽く蹴られて、俺の足は強制的に動き出した。岩ちゃんはすごくいつも通りで、俺がこんなにどきまぎして、我を失っているのが馬鹿みたいだった。

「あの、岩ちゃん」
「なんだよ」
「うん。あのさ! なんで! キス、したの!?」
「お前が、俺のこと好きだって言ったからだろ」
「それで普通するかなぁ!???」
「悪ぃな。実は、お前が俺のこと好きだって聞いてたんだよ」
「誰から!??」
「松川」

 デスヨネ〜!!!! 俺は内心頭を抱えて、あの天パタレ目太眉が〜!!!! と毒づいた。してやられたと言っていいだろう。そうだ。まっつんは秘密にするなどとは約束しなかった。悔しい。でも、岩ちゃんがキスしたっていうことは。

「岩ちゃん、あの」
「俺も好きだぞ」
「うえぇ!?」
「だから、安心しろよ」

 そこでいたずらっ子のように笑う岩ちゃんを見て崩れ落ちそうになる俺を誰が責められよう。

「両想いだっつってんだよ」

 胸の鼓動がおさまらない。まったく、馬鹿みたいじゃない? 生娘じゃないんだからさ。自分に呆れちゃうよ。こんな、ちっちゃい頃から一緒にいる男にときめくなんて、どうかしてる。だけど、しょうがないか。どっちもどうかしてるってことだもんね。

 岩ちゃんとならいいよ。どうかしちゃっても。



(おわり)


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