どうかしてるよ1 | ナノ


 雨だ。この季節にしては珍しく土砂降りと言ってもいいほどの雨量だった。朝起きた時からわかっていたくせに、玄関を出て思わず嫌な顔をしてしまった。雨の日は憂鬱だ。制服の裾は濡れるし、髪はまとまらないし、いいことがない。いつもなら家の前で待つ幼なじみも、雨に打たれてまで待ってはくれない。だいたい先に行ってしまっていることが多いから、俺は幼なじみの家を一瞥して(斜向かいだ)、学校に向かうことにした。もしかするとまだ家にいる可能性もあるけど、どうせ、学校に行ったら会えるから、わざわざ訪ねるほどでもない。
 歩くほどに、青葉城西の制服が雨の染みで台無しになっていく。この制服は汚れに弱い。綺麗にすれば、そんじょそこらの学校には負けないくらいの輝きを放ってくれるんだけど、その分、汚れがあると台無しだ。だいたい、制服なんて汚れるに決まってるのに、こんなに汚れが目立つ色にしたのはある意味英断だ。誰かの趣味に違いない。まあ、似合うから、俺はいいけどね。
 そんなこんなでバス通りに出ると、見慣れた後ろ姿が100メートルくらい先に見えた。ジャージ姿だ。ああ。俺もジャージが良かったなぁ。早足で距離を詰めて肩を叩いた。

「おはよ」
「……はよ。げっ、なんでお前制服なんだよ」

 振り返って怪訝な顔をする岩ちゃんに俺は、

「部長の会議があるんだよ。今日の朝練出れないって、昨日言ったじゃん。忘れるの早すぎでしょ」

 と不満げに答える。岩ちゃんはあっさり、そうだったな、とひとつ頷く。本当にこの人は。普通忘れるかな?

「制服じゃないとダメなんか?」
「ジャージで出るのは嫌じゃん」
「濡れた制服よりマシだろ。革靴もダメになるんじゃねーか?」
「ええー……まあ確かにジャージじゃだめって決まりはなかったけどさぁ」

 バスケ部主将とかはジャージでもあいつらしいからいいけど、及川さんはやっぱり制服じゃないとね、などとのたまうと予想通り岩ちゃんに無言のツッコミを受けた。予想してなかったのは静かに脇腹に拳を入れられたことかな。さすがにうっ、て声出ちゃったじゃん。小学生みたいな暴力振るうんだから、まったく。

「雨、帰りまでに止まないかな」
「今日は一日中こんなだってよ」
「うへぇ……」
「体育中止だな……」
「当たり前でしょ」
「2限までに止まねーかな……」
「いやいや止んでも校庭びしょびしょだかんね」
「うるせーな夢を語ってるだけだろうが!」
「夢が小さすぎるよ!!」

 騒ぎながら歩いても、周りに気に止められることがないから、そういう点では雨もいいかな。まあ、ローファーの中の靴下はもうべしょべしょだけど。学校についたら、乾かさなくちゃ。

「言わんこっちゃねぇな」

岩ちゃんは俺の視線を追って笑った。



「告白しないの?」

 そう問われたのはつい2、3日前で、俺はその時びっくりしてしまった。何故なら、この気持ちは誰にも打ち明けたことがないし、バレないように細心の注意を払っていた。この歳にしては感情のコントロールやらなんやらには長けている方だったから、苦もなく隠せているつもりだった自分が恨めしい。しっかりバレてるじゃん。

「……こっわ。まっつん、俺はまっつんと友だちになったこと、今ちょっと後悔したよ」
「誰がいつから友だちだって?」
「ひどい!!!!」

 ため息をついてから、フェンスに寄りかかる。その日は、屋上でお昼を食べていた。岩ちゃんとマッキーは追加の食料を手に入れるために購買に向かっている。俺とまっつんはその間のんびりひなたぼっこというわけだ。まっつんはいつも眠たそうな目を食後ということでさらに眠たそうにしているのに、切り出した話題はかなりシビアだった。本当に、侮れないよねぇ。知ってたけどさ。

「しないよ」
「ふぅん? オレは脈あると思うけどね」
「他人事だと思って。失敗した時のリスクが高すぎる。俺にとっては、好きな人ってだけじゃないんだから」
「幼なじみでチームメイト、ね」

 ちょっと要素集めすぎたんじゃない? とまっつんは哀れみのまなざしでこちらを見た。まったくだ。

「じゃあたとえば、岩泉から告白されたらどうすんの?」
「まっつん、熱でもあるの? そんなありえないこと言うなんてさ。そりゃあ、岩ちゃんは俺のこと好きだろうけど、そういうのじゃないよ」

 だから余計苦しいんだよ、と心のなかでつぶやく。そう、距離が近いからこそ、きっとこれから先岩ちゃんが誰かと付き合って、結婚して、幸せな家庭を築くのを、俺は割と間近で見ることになるだろう。それくらい、岩ちゃんと仲のいい自信はある。耐えられるのかな、俺。それとも、こんな気持ちは気の迷いで、あと何年かしたらこんなこともあったな、みたいにきれいさっぱり忘れて、岩ちゃんの幸せを願えるくらいになるのかな?

「及川にしては冷静な分析だわ」
「俺はいつだって冷静です! ……あーあ、女子にモテモテな及川さんがまさか男を好きになるなんてなぁ。気持ち悪いよねぇ」
「ああ、気持ち悪いよ」
「うぇ!?」
「でも、そんなふうに自己嫌悪に陥ってる及川を見る方が、気持ち悪いんだよ」
「まっつん……」

 今まで誰にも言ったことがなかった分、まっつんにこの感情を認められてちょっと泣きそうになる。

「やっぱり、さっきのなしね。まっつんと友だちで良かったよ……」
「まあ」

 まっつんが屋上の入口を指さした。岩ちゃんが出てくるところだった。

「お前執念深いしねぇ。どっちかっていうと岩泉に同情するよ」
「ひどいね」

 ありがとう。そう思いながら、口からは違う言葉が出た。岩ちゃんとマッキーが嬉しそうにコロッケパンを見せびらかすのを、俺はどこか遠い気持ちで見ていた。






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