自呪、自罰、自滅A



地主は先ほどの部屋とは襖で仕切られた隣の部屋に入っていく。
部屋の中央で正座で項垂れていた青年は力なくわずかに顔を上げ、地主の方に目を向ける。
「全部聞こえていただろう?」
青年の目の前に同じように座り、地主はそう語りかける。
「僕は…殺してません。確かに居酒屋には行きましたがあなたの息子さんなんて会ってないし、知りません。これは、冤罪です」
「それを君はどう証明する?警察に犯人は別にいると直談判しに行くかね?」
「第一僕が殺したという証拠がありません」
「いや、証拠ならあるよ。愚息の血と君の指紋がついた灰皿や、その場にいた住人達の目撃証言もある。君一人が騒いだところで警察は聞き入れてくれるだろうか。証言や証拠の数が多ければ多いほど確固たる事実になると思わないかい?」
「それは…」
何かさらに反論しようとしたが、地主の言う通りいくら自分が犯人ではないと騒いだところで警察は聞き入れるどころか無罪になろうとして無駄に抗っているだけの面倒な奴にしか思わないだろう。
「暴れても構わないが…そうなれば本当に前科がついてしまうよ」
青年は自分の置かれた絶望的な状況を再認識し、これから自分に待っているであろう最悪な未来がいくつも脳裏を駆け巡る。
「さあ、そろそろ行こうか。君が向かうべき場所へ」
地主が合図すると付き人の一人が青年の隣に来て、半ば無理矢理立たせるとそのまま玄関の方へ歩かせる。
最早抗う気も削げたのか青年は付き人に促されるままに従うだけだった。
地主と青年の短い問答から少しして地主の家から一台の車が出発したが、それを見ること自体が禁忌であるように誰も地主の家の方へ近づかず、辺りは廃村の如くしんと静まり返り車のエンジン音だけが遠くまで反響していった。

あの騒動から一年近く経った。翌日には地主が簡素な葬式を上げたきり住人はみな暗黙の了解であるかのように地主の息子のことも青年のことも一切話題に出すことはなかった。
直接地主の家に招かれていない住人も、地主の息子の訃報や葬式の話を聞けば何となくであっても察するところがあっただろうが今までに比べると確実に平和になったと言えるため責め立てたり問い詰めたりすることもなかった。
それでも彼らの心の奥底に引っかかる澱みが消えることはない。
あれは当然の報いなのだと思うと同時に、本当にあれで良かったのだろうかと何気ないふとした瞬間に罪悪感が湧いて出てくる。
何人かは家族を連れて隣町や親戚を頼って引っ越していったらしく空き家が何件か手つかずで残っていた。
そんな折、地主が亡くなったと知らせが付き人から知らされる。
葬儀は限られた人で行い、後日改まってご焼香などの時間を作るとも。
それを知った誰もが驚きを隠せず、主婦たちは道端で集まり不安を共有して打ち消そうと何の効果もない言葉を交換し合う。
男たちも表向きは毅然としていたが内心は主婦たちと何ら変わらず言いようのない不安が渦巻いていた。
地主の葬儀の日は主婦たちの井戸端会議もなく静かであったが、どこか落ち着かない空気が漂っていた。
葬儀から二日ほど経ち、地主の家はその日一日開放され誰でもご焼香するために自由に家に上がることができた。
本来であれば故人の知り合いが集まりそこで故人との思い出などを語り、笑いながら別れを後押しする時間なのだろうが、今回は住人がちらほら集まりはしたもののみな何か言いたげに口を開いては閉じ、焼香だけしてそそくさと帰っていく。
遺影に写る地主はにこやかに笑っている恰幅のいい初老の男性であるが、ここ数か月の地主はその面影もないほど病的にやつれていた。
付き人に体調を訪ねても曖昧に濁されるだけで、断言されることはなかった。
それに重なるようにその頃辺りから地主の家に赴いた住人に大小さまざまな不幸が相次いだ。
見晴らしのいい十字路で車同士がぶつかりむち打ちになったり、通いなれた道で何かに躓き足をねん挫したり、誰もいない道で何かを避けるように急ハンドルを切り塀に突っ込んだりと上げ始めたらキリがないほどだ。
彼らは口々に言った。
「車を運転していたらいきなりあの青年が飛び出してきた。避けようとしてハンドルを切ったらぶつかってしまった」
「道端に俯いて立っていて、恨めしそうにこっちを見てきた。驚いて後退ったら転んでしまった」
初めは見間違いではないかと笑って慰めていた他の住人からも次第に青年を見た、という話が上がり始めた。
「夜中にふと目が覚めると金縛りになり男に首を絞められた」
「家に帰ったら知らない男がいて声を掛けたらそのまますぅっと消えていった」
そして終いには地主が死んだのは青年に呪われたからだ、青年は地主に送られた先で非業の死を遂げた、いや首を吊って死んだのだ、と謂れのない噂が飛び交った。
だからこそ村を挙げてお祓いをしよう、供養塔を建てて呪いを鎮めようと半ば半狂乱になった声が上がり、誰かが隣町で有名だと謳われる霊能者に頼んで祈祷してもらい青年の霊を鎮め、供養塔を村の端の方にある小高い丘の上に建てた。
それからは毎日のようにお参りする人が絶えなかったが、徐々に訪れる人影は減り数か月経つ頃にはほとんど見向きもされなくなった中で、一人の男性は毎日のように供養塔を訪れていた。
個人の名前はなく、ただ供養之塔と彫られた石塔を前にして男性は今もありありとあの時の光景を思い出す。


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