自呪、自罰、自滅@



早暁、慌ただしく玄関の戸を叩く音で目が覚める。
何事かと玄関の戸を開けると数人の住人が青ざめた顔で立っていた。
「地主様…ご、ご子息様が…」
簡潔に話されるその内容に少なからず動揺を覚えた。
付き人の一人に車の用意を、もう一人には寒い中知らせてくれた住人達に温かい茶を出すように指示し、自室で寝巻から普段着に着替える。
村で唯一の診療所に赴くと通された病室のベッドには生気を失った息子が横たわっていた。
医師が言うには死因は後頭部を硬い物で殴られたことによる脳挫傷らしい。
正確な死亡推定時刻は断定できないが、日が暮れてからそう遅くはない時間ではないかという。
あまり大きくない村でありながらそれなりに娯楽施設もあり、息子が夜通し遊びまわるのも日常茶飯事であったためその時間に外出していても不思議ではないだろう。
もっと詳しく調べるには大きな病院でないと、と続ける医師に首を横に振り、医師も就寝していたであろう時間であったことから非礼を詫びる。

家に戻ると住人達は既に帰った後で、詳しい話を付き人から更に伝え聞く。
ことの発端は居酒屋でのことだ。
いつものように夕方から徐々に賑わい始めていた店で見慣れない青年が隅のテーブルで酒をあおっては力なく俯き、また思い出したように空のコップに酒を注いではあおっていた。
外部からの客とは珍しいこともあるもんだと住人の一人が青年に話を聞くと、どうやら青年は先日勤めていた会社から解雇され、この村には傷心旅行と称して一人で訪れたのだと訥々と語り始めた。
養うべき家族がいないのがせめてもの救いだと自嘲気味に笑う青年を慰めるために空いていた四人掛けのテーブルの周りには酒やつまみを持って軽い人だかりができていた。
「は、お前みたいな役立たずは捨てられて当然だろ」
心底馬鹿にしたような物言いに全員が声の方に視線を向けるといつから聞いていたのか地主の息子が赤ら顔でヘラヘラと笑いながら立っていた。
「まともに働いたことがない奴にそんなこと言われる筋合いはありません」
青年はそう毒づくが酔いのせいか近くに座っていても聞き取るのが難しいほど呂律が回っていなかった。
地主の息子は隣に座っていた客を半ば無理矢理退けて座る。
「そんなんだから女も寄ってこないんだよ。何なら俺の女を一人紹介してやろうか?あ、何ならお前の知り合いの女、俺に紹介しろよ。一人くらいいい女知ってるだろ?」
「…そんな他人の娘を弄ぶような下劣な趣味はないですから教えるわけないでしょう」
「おい、ろくでなし野郎。俺が誰か分かってるのか?もう二度とまともな職に就けないようにしてやってもいいんだぞ?ああ?」
地主の息子は青年が釣れない返答しかしないからか徐々に不機嫌になり、青年の前髪を鷲掴みし、耳元で怒鳴る。
「お前みたいな根性なしの代わりに俺が楽しんでやるからこいつはもらってくぜ」
ズボンのポケットに入れていた財布を抜きとる。
さすがにまずいと思ったのか周りで固唾をのんで成り行きを見ていた住人達が慌てて止めに入り、一人が地主の息子を背後から羽交い絞めにして青年から引き離すが地主の息子はその腕を振り払い次はその住人に食って掛かる。
しかし、青年も堪忍袋の緒が切れたのか、いきなり何かを叫ぶとテーブルの上に置いてあった分厚いガラス製の灰皿で地主の息子の頭を殴りつけた。
騒がしかった店内が一瞬にして静まり返る。
床に倒れた地主の息子の後頭部から鮮血がとめどなく溢れる。
その後青年は通報で駆け付けた警官に連れていかれそのまま拘留されていて、準備が整い次第都市部の警察に引き渡す予定だと聞き、地主はそれに待ったをかける。
地主はまずその居酒屋にいた住人達を、次に青年をここに呼ぶように付き人に告げる。

地主の家の和室に集められた住人は互いに顔を見合わせたり、咳払いと共に居住まいを正したりとどこか落ち着きがなかった。
だからこそ少しやつれた地主が部屋に入ってきて自分たちの前に座ったとき、お悔やみの言葉が出てくるまで何呼吸か欲しかった。
「じ、地主様、この度は…」
地主はそれを手で制すと、分かっていると頷く。
「今回の事は心の底から残念だと思っている。みなには愚息が迷惑をかけた。すまない」
「地主様、頭をお上げください!」
「そうです!地主様が謝ることなんて何一つ…」
地主は深々と住人達に向かって頭を下げる。それを見て住人達は慌てふためき、頭を上げるように口々に促す。
「難しいとは思うがどうかこの件の事は忘れて過ごしてもらいたい。愚息を手にかけたと言われる青年は司法の場ではなく私が然るべき場所へ送り、裁きを受けさせよう」
「そこまで地主様のお手を煩わせずとも…」
「現代では牢獄とはいえ衣食住が与えられている。そこに入り時を過ごすだけで罪が贖えるとは到底思えない」
訥々と語る地主の言葉を頷くでも否定するでもなくただ聞くだけの住人に対して地主は青年は既にここに呼んであり、この後連れていくと続けた。
「しかしみなの中にもこの村にいい記憶がない者もいるだろう。もし他の場所に移り住みたいというのなら惜しみなく手を尽くして助けたいと思っている」
地主は住人達にもう一度詫びを入れ、帰るよう促し入口で待機していた付き人に何かを告げると部屋を後にする。
住人達が玄関を出る際、付き人から薄い封筒のような物を手渡される。おそらく口止め料なのだろうと何も言われずともみながそう思ったし、そもそも何も渡されずとも口外する気はないとも思っていた。


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