霧由佳(怪異症候群)

春先にしては肌寒いお昼時。研究室の窓から覗く空は青々と澄み渡っているが、だからといって外に出ようなどとは思わなかった。
白ばかりの部屋に宿る静けさばかりすっかり定着している。おかげさまで肌にもよく馴染んだ。
時折ふっと感じる研究室を通り過ぎていく人の気配、壁にかけた時計の秒針の動き、遠くの方で響く自動車のエンジン音。
それら一つ一つが全てとなり形成する、なんてことない日常風景。面白くはないしむしろ慣れすぎてつまらないと思うのは当然。今更だがそう考えていることもあってより強く怪異に惹かれたのかもしれない。

ーー我ながら可愛くない、捻くれた思考回路をしている。


あらかじめセットしておいた電気ポッドがカチッと合図を鳴らしたので、腰を上げ市販品のあり触れたお茶を沸かす。
そろそろだろうか。頭上の時計、ではなく腕時計を見やる。時刻は13時を少し過ぎたところだった。

「ーーお邪魔します」

扉を開き姿を見せたのは神代由佳という少女。今日は休日ということもあってかセーラー服ではなくシンプルな私服姿だった。どうでもいいことだが、そんな当たり前のことが彼女という存在の中でちゃんと機能していることが、どうも不思議だった。勿論そう思った理由には、第一に今の身の上あげられるが。

「霧崎さん、これお茶菓子です」
「悪い」
「いえ……お邪魔しているのは私なので」
「律儀だな。気にしなくていい」

気にしたところで君の心身も不安も恐怖も増すばかりで、返って悪化する。何も利点などなければプラスに働かない。それなら要らぬ懸念材料は減らすべきなのだから。

「優しいですね、霧崎さんは」
「……そんなことを言われたのは初めてだな」
「そうなんですか?」
「自慢じゃないが偏屈だとか、変わっているとはよく言われる。だが優しいとは、言われない」
「うーん。でも、私みたいなやつに付き合ってる時点で、とってもお優しいと思いますけどね〜」

ああそれはまた、惰性と下心があるからだ。彼女を介して怪異について詳しく触れられるかもしれない期待。怪異で酷い目にあった人物にすることじゃあないし、とても道徳的とは言えない下心ありきのこの行動をそれでも優しいと言えるだろうか。
知って知らぬふりをしているわけじゃないはずだった。なんせ彼女は思っていたよりも敏い。それはあの事件を経て、余計人の目を気にするようになってしまったことからの副産物かもしれないが。

「知ってます。利用されているだけだと。それでも私は、霧崎さんは優しい人だと思っています」
「読心術でも使えるのか」
「まさか。ただ、直感です」
「それも神代の力か?」
「そういう冗談は、返し方に困っちゃいます」

まあ別に。なんとなくで。嫌になれば面倒になれば、やめることもできた。俺が切ってしまえばそれで仕舞い。
ただ俺がしていることは話を聞いているだけ、それも流す作業。時折混じる怪異の実態にはことさら注意深く耳を傾ける。彼女の語る言葉に対し答えを返すのは、どれもありきたりで時には返さないことすらある。極端に言うなれば彼女の精神面はどうだっていいのだ、自己の知識欲と興味さえ満たされていれば。

「残酷だとは思わないのか」
「残酷です。でもその酷い優しさに救われます。……美琴は私を攻めないし、何処までも優しいけれど。綺麗すぎて怖くなるんです。ああ、大好きですし大切な存在ですよ。でもきっと私には、霧崎さんのような打算的で少しの不純物を含むくらいの関係性が、ちょうどいいんです」

淀みなく述べる彼女の表情はぽっかりと空虚だった。もし事件が起こる前に戻ったなら、きっとこんな表情をすることはなかったのだろう。
哀れで、惨めで、酷い有様。それ故に彼女に目が離せない。
怪異に吊られ、怪異に狂い、怪異に踊らされた孤独な少女。何を選択しどう進むかを見てみたい。
物好きなのは俺のほうなのか。

「今日はよく喋るな」
「そうですね」

俺はカウンセラーなんかじゃない。ただの民俗学者であり人の心情など興味の関心から逸れているし、知ったこっちゃないのだがなぜか彼女と話すのは俺の役目となった今。こういうのは他に適役がいるとしても最後まで付き合うべきだろう。
あの堅物刑事には到底無理そうだし、オカルトライターの奴なり親友である少女なり紐解くことはできない。彼らはあまりに善良すぎた。

俺はといえば、彼女にとって相手の気持ちを読み取るのが苦手だと自覚していたからこそ逆によかったのか。
できるだけ余計なことを言わず、客観的かつ冷静な立場からの観点を貫く。俺にとってはこれが最善だ。
不用意に言葉を掛けれるほど相手を気にするのは、しんどいだけだろう。加えて俺の場合はよく言動が冷たいだとか素っ気ないとか言われる通り、逆に傷つけてしまう可能性の方が遥かに大きい。実際思慮に欠けた俺の適当な相槌に傷ついたこともあるだろうに。

まぁそれでも構わないと言うのなら、いくらでも付き合ってみよう。

「いや、いい。今日も同じことだ。どうぞ、話してごらん」

なんとまあ、随分と嬉しそうに笑う。
それだけで分かる。彼女は救いを求めていない。
ただ歪みを放出して楽になりたいだけの、自己愛に富んだ酷い少女なのだと。

無干渉のが言う
(怪異よりよっぽど、人間の方が化け物だ)



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