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For you...02

 狐の意匠が掘られた門に立ち、柵に手をかけたところで、大きな足音を聞いた。

 上を見れば、階段を駆け下りてくる上背のある男。一房だけ伸ばした銀灰髪がひらりと太陽光を反射した。手には新聞紙が巻かれた四角いものがあり、もう一つの手には車のキーが握られている。

「あ、珠緒さん」

 こんにちは、と優しく微笑んでくる彼は、凌徳の二つ目の名前を呼んだ。急いでいたはずなのに、門の方へ来て「仕事、お疲れ様」と頭を撫でてくる。撫でられたのは凌徳だというのに、嬉しそうに頬を緩ませるのは銀色の彼の方だ。ぽふ、と軽く触れるだけで離れていく。なぜか名残惜しいような気がして、凌徳は彼へ話しかけた。

「和樹さんは、これから仕事?」

 包みを示せば、彼は納品が今日なんだと肩を竦める。彼の仕事は、画家。そこそこ名の知れた人らしく、わりと注文を貰ったり、個展に飾った絵が売れるという。新聞紙に包まれた、おそらくキャンバスからは油彩特有の匂いがかすかに鼻をくすぐる。ふいに会話が途切れ、沈黙が落ちた。実は、そんなに親しいというわけではない。ただの隣人という関係。先ほどはなぜか引き止めてしまったが、これ以上話すつもりはなく、できそうもない。

「…ああ、そうだ。大家さんが呼んでた。疲れてるだろうけど一度顔出してあげてくれ」

 付け加えられた言葉に視線が彼の眼鏡フレームを捉える。黒い虹彩が柔らかく微笑んだ。

「わかった。ありがとう」

 意外と時間がギリギリだったらしい和樹は、凌徳の頭をまた撫でてから裏の駐車場へ走っていった。裏口から出るのだろう。凌徳は、柵を元通りに閉め大家の元へと大股で歩いていった。

 果たして、彼女はいつもの場所にいた。ピンクの繋ぎを着て趣味と言っていた家庭菜園で秋の味覚をもいでいる。そんな彼女の方から楽しげに跳ねる音が聞こえる。ピアノとベルが混ざった不思議な、しかし可愛らしい調べ。頭の中に直接響くそれが示すのは、上機嫌であること。

「お、珠緒ちゃんじゃーん!」

 大家らしい気さくな声とともに、一段と元気よく高音が跳ねた。

「和樹さんから言伝受けました。どうしたんですか?」
「んん、ちょっとねー」

 そう言いながら、彼女は懐から折り畳まれた紙を取り出した。

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