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For you...01

 『声』が聞こえる。それは、道すがる人が口を閉ざしたときに聞こえるもの。

 『音』が聞こえる。それは、もの言わぬ場所が想いを残したときに聞こえるもの。

 『ノイズ』が聞こえる。それは、誰かの、何かの、零れ落ちた冷たくて暗いもの。

「うっわー、あの赤い服の人、へんなぬいぐるみに話しかけてる」

 思わず俯いていた顔を上げた。しかし、見えたのは、お喋りしながら楽しそうに笑い合う女子高生の姿。他には人の姿さえなかった。当然だ。この先は、何もない。神社の向こう側、閑静な住宅街であり、その上昼食の時間を過ぎたあたりの時間帯なのだ。

 彼女たちの背中が遠くなりながらもはっきりと変わることなく聞こえてくる声。

「今日も彼氏自慢か。ちょっとマジ勘弁」

 楽しげな雰囲気の彼女たちとはそぐわない一言。また、その言葉を後押しするように暗く重いメロディがまとわりついていた。

「凌徳。気にしない方が身のためぞ」
「わかってる」

 手の中の白いぬいぐるみが発した深みのある男声に驚くことなく、彼は返事をした。ワインレッドのTシャツに細身のジーンズをまとった黒髪の青年。凌徳と呼ばれた彼は、落ち着かせるように大きく息をつく。そして、ぬいぐるみを斜め掛けバッグに仕舞い込み、公園のベンチから立ち上がった。

 人の声が二重に聞こえるようになったのはいつからだろうか。

 片方は、実際に声帯を震わせて出している、誰にでも聞こえる声。問題は、もうひとつ。本来なら聞こえないそれは、人が思ったことが声となって耳に届くものだった。「心の声が聞こえる」といった方がわかりやすいだろう。しかし、厄介なことに、いつでも聞こえるわけではない。

 先ほどのような、何気ない日常でふと聞こえてくるのだ。そして、唐突に消える。また、突然聞こえだす。はっきりと言葉を伴っているときもあれば、物悲しげなメロディや耳をつんざく悲鳴のようなノイズのときもある。先ほどのものは、そのメロディと言葉が同時に聞こえてきたもの。通りすがりだろうと遠く離れていようと聞こえてくるときは聞こえてくる不思議な音だ。

 いつ、備わったのかはわからない。ただ、これのおかげで凌徳は人より多くの嫌なものを聞いてきたことは確かだった。

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